「大使夫人の普段着の食卓」Navigator:白砂伸夫
連載をはじめるにあたってプロフィール
 「大使夫人の普段着の食卓」という連載を始めるにあたって、私が何者で、なぜこの連載をはじめるか、ちょっと説明しておきましょう。なぜって、私は料理人でもなければ、この世のものを何でも食べ尽くそうというグルメでもないからです。
 むしろ、食に関してはやや保守的で、何でも食べてやろうというタイプではなく、好き嫌いがあり嫌いなものは食べたくない、というタイプに属する人間であることはあらかじめ断っておいた方がいいでしょう。
 ではなぜことさら、食卓にこだわるのか。そこには見知らぬ文化の多様性を発見する喜びと、何かもっと美味しいものがこの世にあるのではないか。そんな期待にかられてこの連載をはじめようと思います。

ところでまず、どうして大使夫人なのでしょう。
ガーデニング 私は毎年、五月の連休にホテルオークラで開催されている「10カ国大使夫人のガーデニング」のディレクターを務めています。いままでに70カ国の大使夫人のガーデンをデザインしてきました。このイベントは、各国の大使夫人がイメージされる庭園を、私が具体的に現実の庭園としてホテルオークラの平安の間に作り上げるというものです。
 夫人とお目にかかりいろいろとお話を伺っていると、ガーデンばかりではなく、それぞれのお国の文化や自然、それに食についても話が及びます。ガーデンをデザインする時にも、花のことだけでは出来上がるガーデンが様にならないのです。その国の自然や建築や食のことがわからないと、ガーデンそのものが地に足についたものにならない、つまりリアリティーが欠如したどこの国のガーデンだかわからないものになってしまうのです。お話を伺いながらガーデンをデザインしていると、その食卓の風景さえ目に浮かんでくることがあります。保守的な私も実際にどんな料理か、それは辛いのだろうか,あるいは甘いのだろうかと想像を働かして、ついよだれがたれそうになり口を拭ってしまうこともあるほどです。
スケッチ よく考えれば、ガーデンも食もその国の自然の恵みであり、またその表現は各国の文化の現れであり、その地域に深く根ざした生活そのものです。流通の発達する少し前までは、その地に生える植物、そこで取れる動物や魚介類しか材料が無く、料理は自ずとその地の個性の表現として存在してきたはずです。
 自然を空間にアレンジすればガーデンであり、食べものとしてアレンジすれば食卓になる、多くの大使夫人とお話していてそのような考えがだんだん強くなってきました。そして、大使夫人の食卓ってどんなんだろう? いつも何を食べておられるのだろうと、ちょっと覗いて見たいという気になりました。みなさんもそう思いませんか。
 ときどき、親しくなった大使夫人からディナーやお茶のお誘いがあります。
 へぇー、こんな料理食べたことがないなあと感動したり、これは何から作っているのだろう、と好奇心にかられたり、異なった文化やものの考え方の違いのあることに今更ながら驚いてしまします。

知られていない国のさりげない路地への旅
 ところで情報化社会の発達した現代においても、外国の料理といえば未だに、フランス料理とイタリア料理に中華料理、エスニック料理であれば韓国料理、タイ料理、インド料理などがまず思い浮かぶのではないでしょうか。でも、それ以外の世界の各国にも、それぞれに代表する料理があり、まだまだ多くのバリエーションがあるはずです。大使夫人のガーデニングを通して多くの大使夫人にお目にかかる中で、改めてそれぞれの国にはその国の料理があったんだ、というごく当たり前のことに気づかされました。(わかりきったことだろう,そんなこと。といわれそうですが)
 というわけで、このシリーズでは有名な料理はちょっと横において(すでに有名な料理人の方が詳しく述べられているでしょうから)、いままであまり紹介されていないような国や料理を取り上げていきたいと考えています。
チュニジアのお菓子とお茶 また、私の専門分野である建築やガーデニングの世界からも料理に迫ってみたいとも思っています。さらにちょっとした観光スポットも尋ねてみましょう。
 旅をしているとき、さりげない路地を行くと、石畳が敷かれていて昔からの雰囲気が残り、そこに住んでいる人々の生活もが滲みでていて、あるいは夕ご飯を用意している匂いが漂っていて、本当のその地の文化(というとちょっと大げさに聞こえるかも知れませんが)に触れたような気持ちになったことはありませんか。
 日本であっても、海外であっても、そのような場に出会うことが私にとってはすばらしい体験なのです。「大使夫人の普段着の食卓」は、各国の、このさりげない路地を発見する旅なのです。きっとすばらしい出会いがあるかもしれません。
 私にとっては動物嫌いがアフリカを旅するようなもので、食べられない食材が出てきたらどうしよう、嫌いな食べ物がでてきたらどうしようという、どきどきものの旅ではあります。でも、この旅を終える頃には好き嫌いがなくなるかもしれないという期待をもって出発しましょう。

多様な文化と自然を楽しみたい
 最後にもう一つ、これを企画した狙いがあります。
 世界中に流通と情報のネットワークが張り巡らされ、世界が均質化されだんだんつまらなくなってきているという現実があります。都会のスーパーに行けば、世界中の食材がすぐ手に入る。野菜や果物は四季を問わずいつでも店頭に売られている。
 かつて四季それぞれに食材が変化し、それに対応して旬の料理があり、歳時記が営まれていました。その積み上げが暮らしに襞を与え生活に豊かさと奥行きを与えてきました。その総体としてそれぞれの地域や国の文化を作り上げてきたと思うのですが、流通や情報の巨大化は、ものの量を豊かにしたとはいえ、ほんとうに生活の質は、とくに精神的なものは豊かになったのでしょうか。私は疑問に思うのです。このまま行けば、地域の文化の多様性ともに食の多様性も消滅するかもしれません。それでいいのでしょうか。
 このままでは、ものの豊かさは栄えるけれども、生活の豊かさや精神の安らぎは遠のいてしまうのではないでしょうか。
 他方、現代の科学物質文明の進歩は環境問題を引き起こし、地球規模で環境に大きなダメージを与えはじめています。近年繰り返される自然災害の巨大化の原因は、環境破壊にあるのではないかと考えられています。さらにこの環境破壊が進めば食料危機も必然の現象となってくるに違いありません。
 結局、我々はものの豊を追求するあまり、多様な文化と自然をネグレクトし、その結果ものの豊かささえもなくしてしまうかもしれないのです。
 「大使夫人の普段着の食卓」を通して、それぞれの国にはそれぞれの食卓があり、生活があり、独自の文化が存在することを感じ、その素晴らしさを一人でも多く人に知ってもいらいたい。ひいてはわれわれ自身の食卓と生活、文化についてちょっとでも考えてもらう機会になれば良いと思うのです。
Navigator:白砂伸夫 SHIRASUNA,Nobuo

白砂伸夫私は1953年、京都の嵯峨野に生まれて、今もここに住んでいます。
高校のころは京都が嫌いで、大学はどうしても京都から離れたくて、そのころよく読んでいた北杜夫に憧れて、信州大学の農学部に入学しました。大学では蕎麦の研究室に出入りして、昼は自分で蕎麦を打って昼飯にしていました。秋は果樹の研究室に出入りします。採れた果樹の味の判定をするのです。ここで出会ったラフランスの美味しさはいまでも記憶に残っています。
その後、京都大学の建築学教室の増田友也教授に師事して建築と哲学を学びました。故増田先生から学んだことが現在の私の活動の基礎となっています。
現在の私の仕事は建築とランドスケープデザイン、それにガーデニングなどのデザイン。
ハウステンボス、アカオリゾート公国、帝金等の企業顧問、大学では近畿大学と京都造形芸術大学の非常勤講師をしています。

< 主な作品>
■建築
中国、瀋陽花博VIPのためのパヴィリオン、万華鏡美術館、料亭河久、cuisine Japonaiseさくらさくら、
I LOVE SUSHI(アメリカ シアトル)
■ランドスケープデザイン
スリランカ「ピースセンター」、京都「桂坂」、屋久島自然文化村センター、鶴の博物館、四万十古道の再生、
氷ノ山セミナーハウス、その他
■ガーデンデザイン
世界一バラ園(花フェスタ記念公園)、アカオハーブ&ローズガーデンその他
■イベント
ゲントフローラリー国際庭園コンテスト2位及び特別賞(ベルギー)、
ハウステンボス GALA FLORA 2006 ディレクター、10カ国大使夫人のガーデニング、その他
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