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Project B/2006 vol.20「B食を支えるひとびと」
『松本ラガー』が飲みたい!ビール好きをうならせるビール注ぎ名人/Guest:松本宏さん(キリンシティ新宿西口店店長)
伝説の「松本ラガー」は比類なくまろやかで爽やか、じっくり味わう大人のビール
——生ビール注ぎは、真剣勝負です。
その日その日、そのときその時で、注ぐたびに毎回違うのです。注ぐたびに真剣勝負をしている、という感覚ですね。
松本さんは、こう切り出した。
松本さんは、キリンシティ全店の中で現役最年長店長だ。27歳で入社以来19年、店長としては9店舗を手がけた。その松本さんを追いかけて、変わる店ごとに松本さんの注ぐ生ビールを飲みに来るビール好きのお客さまが少なくないという。
そのお客さまたちが、決まってオーダーするのは「松本ラガー」だ。メニューには「キリンラガー」と書いてあるが、あえて「松本ラガー」とオーダーする。
ビール好きの間で、伝説のように語られ、執着される「ビール注ぎ名人」の松本さんの「松本ラガー」とは、他の人が注ぐ生ビールとどう違うのか、どれほどおいしいものなのか。
「一杯飲んでみてください」といううれしい声に、遠慮なくいただいた。→
キリンシティ社の「ビヤマイスター」の認定証
キリンシティ社の「ビヤマイスター」の認定証が
ビールの知識と技術を保証する。
ビールカウンター周り
美しいビールカウンター周り。銅の天蓋はビール工場の煮沸釜を
かたどっている。ドラフトタワーも銅製。
また、いつでも最良の生ビールを「創る」ためには毎日の努力が欠かせない。
まずは体調管理に気を配り、味覚に自信のないときは自分では注がない。
次に、グラスの洗浄が大切だという。専用の洗剤と洗浄ブラシで丁寧に洗い、拭くと微細な繊維くずなどが付着することがあるので自然乾燥させる。
そして、もちろんビールのチェックだ。毎朝カウンターに立つと、一回注ぎで注いで、まず目視。液体の色、不純物はもちろん、泡立ちを確認する。実は見ただけでビールの状態はほとんどわかってしまうという。
次に温度計を差し入れて温度を測る。勘には頼らないのだ。キリンシティでは夏は5℃、冬は6℃でビールを提供することになっている。この時点では4℃。これから3回注ぎで3分かけると、お客さまに出した時ちょうど6℃になって飲み頃なのだという。
次に、最初の液体を捨てて、きちんと3回注ぎで注ぐ。温度を測ると6℃丁度だ。もちろん温度だけでなく味見もする。夕方にも、あるいは気になる度に、味のチェックをする。
この努力の積み重ねと真剣な気持ちが、いつでも最良の「松本ラガー」を生み出す源泉だ。
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3回注ぎだからだせる本当のおいしさプロの目で一瞬のタイミングを見極める
「初めて六本木のキリンシティ1号店へ友人と行ったとき、いつも1〜2杯で十分のビールが、とてもおいしくて、なんと5〜6杯も飲めたのです。」
これが入社の動機だ。今もビールのおいしさに惹かれて入社する人は多いという。
キリンシティでは、1983年の開業以来3分もかかる独特の「3回注ぎ」でビールを提供している。この注ぎ方は、ホップの苦味を効かしたピルスナータイプビールをおいしく味わうための最良の注ぎ方であるという。3回注ぎだから、本当の味が楽しめるのだという。
注ぎ方を簡単に説明すると、
1回目、勢いよく泡をふんだんに立てて余分な炭酸ガスを抜くとともに、ホップの苦味を適度に泡の中に溶け込ませる。松本さんの場合は、通常よりもかなり速いスピードで液体が出てくるように設定されているという。しかもグラスとの距離や角度を微妙に変えたり、グラスを動かしたりして、泡の量や性質を変える。それによって液体の味わいも変わる。まさに「創って」いるのだ。→
松本店長の正しい「3回注ぎビール」の創り方/STEP1
①今日は寒いので少しビールが「固い」…、といいながら相当グラスを下げて、深く傾けた。通常は注ぎ口からグラスに当たるまで10cm程度、角度は45度。
②注ぎ終わった状態。泡は少し盛り上がり、液体は底の方に3cmくらい。この状態で1分30秒置く。
③1分30秒経ってだいぶ泡が沈んだ。写真を撮っている間に1cmくらいは泡が沈んでしまった。「これは沈みすぎ」とのコメントがついた。
松本店長の正しい「3回注ぎビール」の創り方/STEP2
①ノズル(注ぎ口)が泡に当たらない程度に近づけ勢いよく液体を注ぐ。グラスの中で液体が踊っているようだ。
②2回目の注ぎ終わり。すでに泡が固まり盛り上がっている。
③今度はこの状態になるまで待つ。まだグラス一杯に泡がある。これに注ぎ足したら、溢れてしまうのではないか、と心配してしまった。
松本店長の正しい「3回注ぎビール」の創り方/STEP3
2回目の時と写真で見てもほぼ同じ。液体のスピードが速いので一瞬の早業だ。やはり液体が大きく回っているのがわかる。
完成した「松本ラガー」
完成した「松本ラガー」
山のように、王冠のように盛り上がった真っ白な泡。角度によって色を変え、きらきら輝く液体。キリンシティならでは、松本さんならではの逸品だ。
もともとラガービールが好きでこの仕事に入り、苦心の時期を乗り越えて今もラガーを注ぎ続ける。うまい、のひとことはラガーひと筋の仕事人生に、他には代えられない「勲章」だ。
もし、ビール注ぎを引退したら、何かしたいですか?
と聞いてみた。
「ああ、そうですね、お客さまになって、気楽に後輩たちの注ぐラガーを楽しみたいですね。お供は、ラガーに欠かせないシティポテトとツェルベラート(ソーセージ)ですね」
そうだった。どこまでもラガーひと筋なのである。
私も話をやめて、松本さんの注いで、いや「創って」くれた、おいしいラガーを楽しむことにした。
シティポテト(ジャーマンポテト)
松本さんお奨め、ラガーに合うシティポテト(ジャーマンポテト)。2度揚げでほくほくしたジャガイモと、たまねぎがうまい、とのこと。
ツェルベラート(粗びきソーセージ)
松本さんお奨め、ラガーに合うツェルベラート(粗びきソーセージ)。ドイツで修行し、ドイツのソーセージをこよなく愛する飯田さんが、山形豚だけを使って作ったソーセージを1号店の頃から使っている。
キリンシティ新宿西口店
キリンシティ新宿西口店
東京都新宿区西新宿1−14−6新宿西勢ビル2階
TEL:03−3344−6234
面積30坪程のこの店は「お客さまが今どんな状態でいるか目が届いて、お客さまに合わせたビールが注ぎ易くて良い」と松本さんのコメント。
左から、キリン大好きな児玉さん、松本店長、キリンシティ大好きな山口さん
左から、キリン大好きな児玉さん、松本店長、キリンシティ大好きな山口さん。ここでは誰もが楽しげに働いている。
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松本 宏さん
松本 宏さん
真っ白い、王冠のように高く高く盛り上がったキメの細かい泡が美しく印象的だ。「泡は飲まないように、上唇でおさえて」と松本さんにビールの正しい飲み方を指導していただきつつ、口に含み、飲み込む。
炭酸のピリピリする感じがなく、ホップの爽やかな香り、旨みがふわっと広がり、すっと喉を潤して落ちてゆく。はじめの香りと味が長く後を引いて、ふっと消える。軽やかなだけでなく、飲み応え(ボディ)もある。
比類なくまろやかで爽やか、という言葉が良いか。比べるものがない味わいだ。のど越しで一気に飲むものではない、じっくり味わう大人のビール。
これが「松本ラガー」だ。思わず顔がほころぶ。
見守っていた松本さんの顔にも笑みがこぼれた。
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真剣勝負でビールを「創る」おいしい生ビールは毎回注ぎ方が違う
「気温や湿度は毎日違います。1日の中でも違います。それに加えて、ビールの状態も樽の中の残量や、炭酸ガスの圧力とのバランスなどその時々で微妙に違います。またお客さまの方も時々で状況が違います。だから注ぎ方を微妙に変えるのです」
ビールは生き物、生鮮食品なのだ。しかし細かな味の違いを感じ取ることは実際には難しく、誰にでもできることではないらしい。
「その違いをからだで実感としてわかるようになって、自分のビールに本当に自信が持てたといえるのはここ数年のこと」なのだという。
その日そのときの条件を感じ取り、ビールの微妙な味の違いを感じ取り、ノズルからグラスまでの距離や角度、炭酸ガスの圧力などを松本さんならではのテクニックで微妙に変え、常に最良の生ビールを「創る」のだという。
だから「真剣勝負」なのだ。←
毎朝の日課のビールチェック
1
目視で状況確認
2
カンに頼らず温度計で温度を測る
3
注いだばかりのビールは4℃
4
口に含んで味の確認。このときも泡を飲まない。におい、味、のどごし、あと味、残り香をチェックする。
5
最初からきちんと3回注ぎで提供状態のチェック
6
写真を撮るのに手間取って6.5℃になってしまったが、できた時は6℃。このあと、口に含んで官能評価だ。
2回目、3回目は上にのった泡が、苦味をうまく含み固まる瞬間に、勢いよく注ぎ液体をかき回し、また豊かな泡を立てる。
注ぎ足しのタイミングは、泡と新たな液体のバランスが取れる「この一瞬」でなければならないという一瞬があるのだという。熟練したプロの目だけが、それを見極める。貴重な、ビールと会話を交わす「一瞬」だ。
ホップ特有の苦味を泡に閉じ込め、余分な炭酸ガスをきちんと抜いてまろやかな口当たりのビールを作るのが3回注ぎの手法だ。松本さんは、さらに独自の「技」に高めて、独特の、何杯でも飲める爽やかで味わい深い「松本ラガー」に仕立てているのだ。
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3回注ぎだからだせる本当のおいしさプロの目で一瞬のタイミングを見極める
キリンシティの3回注ぎは実は、ドイツでは伝統的でポピュラーなビールの注ぎ方である。
日本のビヤホールなどでは、南ドイツのジョッキで飲むスタイルが多い。しかし飲まれるビールは、キリンラガーに代表されるホップの効いたピルスナータイプビールが多い。
ドイツ北部はそのピルスナータイプビールの本場であり、町にたくさんのビヤパブや、居酒屋がある。
そこでは、南ドイツとも日本とも違い、足付きのポカールグラス(キリンシティのグラス)に300cc〜400cc程のビールを3回注ぎで注いでしっかりと味を楽しむ。カフェでコーヒーを飲むように気軽に、または居酒屋で友と語るようにじっくりと、楽しむ。
そんな町の1つデュッセルドルフ近郊のデュイスブルクという町に、1978年10月、ドイツ北部の伝統的な飲み方のピルスナーを、シックだがおしゃれな空間でカフェのように提供し大人気を博す店が現れた。
名前をケーニッヒシティ(Koenig City)という。
キリンシティのモデルになった店だ。モデルというより、ベースとして完璧に消化し、さらに、はるかに徹底させて進歩したかたちがキリンシティだ。
3回注ぎも、ポカールグラスも忠実に再現されている(グラスは今でも、ドイツに特注している)。ドラフトタワーもまったく同じように見える。ビールカウンターの上の煮沸釜も、逆さにぶら下がったグラスも、である。
しかし、ビールの提供システムには、今も大半の店で冷蔵庫からドラフトタワーまでのビールパイプを冷蔵する特殊なシステムを開発・導入して徹底して温度管理している。本家以上のこだわりぶりだ。
新宿西口店のドラフトタワー
新宿西口店のドラフトタワー。重厚である。
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〜お客さまになって、飲んでみたい〜苦心の日々を越えても、どこまでも「ラガー」一筋に
今は「名人」と呼ばれる松本さんだが、初めの頃は厳しい指導が辛かったこともある。せっかく注いだビールを「これじゃお客さまに出せない」と捨てられてしまったこともあるという。
その後、早出したり閉店後居残ったりして、自分の感覚をつかむまで1人で練習を重ねた苦心の日々があったのだ。
「キリンシティはマニュアルがしっかりしていて、注ぎ方は共通です。でも、正直言って注ぎ手によって味が違う、ということは、微妙ですがあります。
若い時は、それがわからなかったものです。
今は少しわかったような気はしますが、それでも普通に『おいしいですよ』と自信を持って出せるビールを出し続けるのは、並大抵のことではありません。3回注ぎは奥が深いと感じますよ」
生ビールの世界も、知れば知るほど難しくなるもの、であるようだ。
長年通うお客さまは、松本さんを見つけると、いそいそとカウンターに陣取り、松本さんは言われなくてもラガーを注ぎにかかる。グラスを受け取り、半分ほどを一気に飲み干したお客さまは、「うまい」とひとこと。そこには、1杯のビールが取り持つ、深い人生の味も趣きもある。←
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コラム
松本 宏
松本 宏まつもと・ひろし
キリンシティ新宿西口店店長
1960年生まれ
1987年キリンシティ入社
新宿東口店配属 
その後、計10数店でビールを注ぎ続けてきた。現在の使命は「若い人たちに、ビールの本当のおいしさを伝えていくこと」。夫人と長男、長女の4人家族。家庭では優しい父親だ。
ピルスナータイプビール
ピルスナータイプビールとはチェコのピルゼン地方に発祥した、下面醗酵の淡色ビールを指す。ホップを効かせた苦味と爽快感を特徴とし、アメリカや日本、アジアなどを中心に世界の有名なビールは大半がピルスナータイプだ。
キリンラガー
キリンラガーキリンビール株式会社の代表的商品。ラガーとは「長期熟成した」という意味。苦みとしっかりした飲み応えで、戦後の同社の飛躍的業績拡大の主役であった。下面醗酵のピルスナータイプ。
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正しいビールの飲み方
ビールは、泡に苦みが含まれている。だから泡を飲まないように気を配り、泡が液体に溶ける前に液体だけを飲む。
①姿勢を正す
②顎をやや前に出し、グラスに口をつける。
③上唇を前に出し、グラスに近づけて、泡の侵入を防ぐ。
④徐々にグラスを持ち上げ、(1杯目なら)1口目で半分くらいは飲む。このとき鼻の下に泡で白い「ひげ」ができるのが正しい。
⑤泡が無くならないうちに、3回くらいで飲みきる。
あとには、きれいな泡の輪が残る。
1杯目は、ぜひともビールの本当のおいしさを丹念に味わってほしい。
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ホップの苦味を適度に泡の中に溶け込ませる
今年亡くなった指揮者の岩城宏之氏は、ドイツ通で大のビールファン、それも3回注ぎビールのファンだった。キリンシティでもよくビールを飲んでいた。岩城氏はこう書いている。
「あわをうんとたてるとホップの苦みがほどよくあわの中に溶けこみ、ビールが軽くさわやかな味になって、苦みも上品に、まろやかに残ります。
あわをたてないのを飲んでいる人は、荒々しいホップと溶け込んでいる大量のガスをそのまま胃のなかへ直行させていることですね。
これはビールにも人間にも不幸なことです。」
ドラフトタワー
樽詰め生ビールの注ぎ口の部分を支える支柱全体をいう。ドラフト(抽出)するためのタワー(塔)の意。スタンドコックともいう。ヨーロッパでは特注の美しい工芸品のようなタワーが使われることも多い。キリンシティは3回注ぎ専用の仕様で、銅製の美しいドラフトタワーを特注して使っている。
キリンシティ
「こだわりの料理と樽生ビールの店」
ドイツ伝統の3回注ぎピルスナービールにこだわる唯一のビヤパブチェーン。
設立:1983年5月14日
本社所在地:東京都渋谷区道玄坂2-9-10K&Kビル3階
店舗数:キリンシティ38店
代表者:取締役社長 古市 滋久

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