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Project B/2006 vol.18「B食を支えるひとびと」
世界一激辛のハバネロを日本に−園芸少年の夢/Guest:高田実さん(有限会社篠ファーム 代表取締役)
ハバネロとは
ハバネロは世界一辛い唐辛子だ。
辛さの度合いを表すのに、「スコヴィル辛味単位=SHU: Scoville heat units」(略称スコヴィル値)がある。これは、辛味成分であるカプサイシンの割合を示したものであるが、辛味のないピーマンが0なのに対して、レッドサビナ種のハバネロは350,000〜580,000にもなる。ギネスブックにも「世界一辛い唐辛子」として認定されている。
辛いとされるハラペーニョや三鷹唐辛子で2,500〜8,000である。(純粋なカプサイシンは16,000,000スコヴィルにもなる)
ハバネロに、直接手で触ると、それだけでひりひりしたり、かぶれたようにしまうことさえある。できればゴム手袋をして調理し、さわった時にはよく手を洗わなければならない。→
ハラペーニョ
ハラペーニョ
ハバネロ
ハバネロをかじったところ。先端は比較的、辛くない。
ひまわりの種をくれた「お隣の方」はひまわりの花を咲かせた少年を気に入ったのだろう。その後も、朝顔など徐々に手のかかる、花卉(かき)類の種をくれ、育て方をこまごまと教え、少年をかわいがってくれた。
少年は、園芸を趣味とも、天職とも考えるようになってゆく。
しかし、幼年の幸福が、少年期にも変わらずずっと続いて、職業を決定するに至るのは、もっと稀なことだろう。
高田さんは、高校進学に当たって、迷いなく園芸高校を選択し、卒業後も順調に大手園芸会社に就職した。一点の曇りもない園芸人生に見える。
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「自分のために」の起業は苦難の船出
園芸一筋だったが、「いろんなことが知りたくて」5回の転職をした。業種は、大手の園芸小売から始まって、花屋の丁稚、問屋の責任者、大手スーパーの生花園芸担当バイヤー、切花輸入商社の商品開発・営業担当取締役と川中(問屋、流通)から川下(小売)までを経験する。本当に花にかかわる職業だけに携わってきた。
この30年の経験を武器に、胸の中で、「今度こそ、自分のために働いて、自分のスタイルの会社を作りたい」という思いが強くなった。
切り花輸入会社を退職して、「自分のための」園芸会社を作った。11年前、1995年のことだった。
起業はしたが、前職との兼ね合いで、切花は扱いにくい。思うように事業ができるわけではなかった。
1年目から園芸ブームに恵まれ、花やハーブの栽培キットで売り上げを作ったがしばらくすると早くもブームはしぼんだ。→
スコヴィル値 代表的なもの
  16,000,000 純粋なカプサイシン
  5,300,000 警察官用催涙スプレー
  2,000,000 一般用催涙スプレー
  577,000 レッドサビナ種ハバネロ
(ギネスブック上の記録)
  300,000 ハバネロ
  50,000〜100,000 タイ・ペッパー
チルテピン・ペッパー
  40,000〜50,000 スーパー・チリ・ペッパー
熊鷹
  30,000〜50,000 カイエン・ペッパー
タバスコ・ペッパー
  2,500〜8,000 ハラペーニョ
三鷹唐辛子
  2,500〜5,000 グアジラ・ペッパー
タバスコ・ソース
  100〜500 ペペロンチーニ・ペッパー
オールスパイス
  0 ピーマン
主要な唐辛子などの辛さ
スコヴィルは、測定法を開発した化学者ウィルバー・スコヴィルの名から名づけられた。唐辛子の辛味はカプサイシンである。含まれるカプサイシンの比率が高ければ、それだけ辛い。
※複数の資料より抜粋
一番大きな青果市場なら理解してくれる人もいるのでは、と期待してサンプル出荷した。
しかし、反応は厳しく「こんなに辛いものは日本人は食べない」だった。粘ったが、値はつかず、さらには、これからは送らないでほしいと断られてしまう。
これでは会社が立ち行かない。危機感に燃えた高田さんは各地の市場にサンプルを送るが、どこからも良い返事はない。
ここからが高田さんらしい、発想の転換である。日本人がだめなのなら、と、外国人が多い東京のグルメスーパーを軒並みに口説いた。
やはり次々に断られたが、中で2人だけが違う反応をした。
成城石井の青果担当の課長からは「すぐに訪問したい」と返事が来た。本当にすぐにきてくれた。畑を案内しながら、園芸の話、唐辛子の話をしまくった。帰りがけ「あなたが嫌だといっても私が離さない」と握手をしてくれた。
また、ザ・ガーデンのチーフバイヤーには「この商品を作った人は、食品のバイヤーさんじゃないか」と尋ねられた。思いが通じたようでありがたかった。
仕事は人と人との出会いでするもの、と感じた。
こうして、小さな扉が開いた。が、依然扱い量は少なく、赤字が続いた。
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ハバネロブーム到来
3年前、2003年の9月になって、突然「東ハト」という会社から篠ファームに電話がかかる。
「生のハバネロの果実」がほしい、という。「ある」とこたえると「今からすぐ、うかがっても良いでしょうか」という。何事かと思ったが、これが大ヒットして一躍ハバネロを有名にした「暴君ハバネロ」の発売2週間前のことだった。
聞いてみると、新商品の記者発表やパブリティにどうしてもハバネロの果実の現物がほしくて、日本中を探し回り、もう時間もなく、いよいよメキシコへ買いに行かねばならない、という瀬戸際に篠ファームを見つけたとのことだった。
タレントさんが「世界一辛いハバネロ」の果実を齧って涙をながし、ぎゃーっと叫ぶパブリシティのインパクトはすごく、「暴君ハバネロ」は年間3,000万袋という、史上に例の少ない大ヒット商品になった。
しかし、ハバネロの果実が売れたわけではなかった。
それを見て、気の毒に思った東ハト社は、「ハバネロの栽培キットでも作ったら売れるのでは」と「暴君ハバネロ」のキャラクターの使用権を高田さんに認めてくれた。
翌年栽培キットを発売すると、「暴君ハバネロ」人気に支えられ、予想以上に売れて、ようやく一息つくことができた。
今も、ハバネロを生産—流通者として扱っているのは、篠ファームだけ、と高田さんは胸を張る。品質的に優れているうえに、価格的にも対抗するのは難しいはず、という。
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広がる地域の輪京都をハバネロの里に
高田さんは、わたしたちを近隣のお客様でにぎわうベーカリーカフェ「パステル」へ案内してくれた。
出てきたのは「辛すぎるハバネロピザ」。
食べられないくらい辛いというしゃれのきいたネーミングだ。
確かに辛い。しかし輸入されたパウダーとは違い、生のハバネロを使っているので、ただ辛いだけでなく、独特のさわやかな風味がある。これがハバネロの特徴だ。「辛いが、慣れるとおいしい」が定評だという。
現在、1日100個以上売れるヒット商品になっている。
ほかでも、ハバネロカレーを出す店、ハバネロパスタを出す洋食屋さん、ハバネロアイスクリームを出す料亭、など地域の販売の輪が広がってきた。
ハバネロの他にも「世界の唐辛子15種」が徐々に注目されてきて、売り上げも伸びているという。
地元を中心にこだわった味噌や醤油とハバネロを合わせて、話題性の高い「京都ハバネロの里」シリーズとして発売することも決まった。すべて手作りで、添加物や人工着色料などなしの自然材料だけの安全でおいしい食品を目指した。
「これからは、地域で愛されると同時に、地域の役に立つ仕事をしていきたい。この地域をハバネロの里としてアピールして、本来の自然のよさを伝えたり、産物の販売拡大につながれば、と思います」
ひまわりから始まった、園芸少年の夢、はようやく芽を出し、まだまだ、これから伸びてゆく青春期のようだ。
辛すぎるハバネロピザ
辛すぎるハバネロピザ
左から商品開発の田中さん、運営担当の垣本さんと
左から「パステル」の商品開発担当の田中さん、
同じく運営担当の垣本さんと(パステル店内にて)
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裏話は編集ぶろぐへ

高田実さん
高田 実 さん
また食べるとじわーっと辛さが広がり、とんでもなく辛く、涙や鼻水がでるほどだが、2〜30分たつとスーッと消えてしまう。
そして独特の、野菜としてのさわやかな風味がある。
もともと日本の食文化には、辛味が少ない。あっても薬味的に使うくらいで、辛い料理というものはほとんどない。
そんな日本で、ハバネロが広まったのは高田さんの活躍があってのことだ。
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園芸に目覚めた幼稚園児ひまわりに導かれて
野球少年や、サッカー少年と、同じような意味で、園芸少年という言い方が、あるのかどうか分からない。
あったとしてもその数はごく少なく、きわめて珍しいだろう。
その珍しい園芸少年の中でも、高田さんの園芸少年振りは際立っていたといわねばならない。
なにしろ幼稚園のときに、園芸の魅力に目覚めたというのだ。
「たまたま、お隣の方が私に『ひまわりの種』をくれました。それを自宅にまいて、水だけやっていると、
どんどん育って、2mくらいになって、立派な花が開いたのです」
「それは、感動しました。とつてもなく、大きくなったなあ、立派な花だなあ、と居ても立ってもいられないくらい感動しました(笑)」←
くすりうこん・白ゴーヤ・黒ピーナッツ
また何をするか考える日々が来た。ブームは終わったが、園芸愛好者は増えた。次の手は、園芸愛好者向けの新品種の苗事業だった。
起業3年目、新機軸があたった。白ゴーヤ・なめらかゴーヤ・ウコン3種・ヤーコン・黒ピーナッツ・シークヮーサー(苗木)など、当時流通していなかった野菜を次々に栽培、苗を種苗会社やホームセンターに売り込んだ。
珍しい野菜ばかりでユニークだが、親しみがない。
「出足は、なかなか売れず、不安がよぎった。が一月もすると、売れ始めました。園芸をする人は、人と違うものを作りたいんですね」
結果は上々だった。50万ポットを販売し一大ブームとなった。
業界内では新野菜のパイオニアとなり、順風満帆かと思われたが、翌年には、思惑が外れ、野菜の苗は大量に残ってしまう。
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唐辛子の果実を広めよう——市場の扉をこじ開けた単独者の精神
売れ残った苗を捨てる気にもなれず、畑に植えておくと、2ヶ月もすると花を付け、実をつけた。
偶然、残った苗には海外種の唐辛子が多かった。その中にハバネロも含まれていた。当時、唐辛子は売れなかったのである。
そこで、高田さんが唐辛子を研究してみると、日本では加工食品(七味唐辛子や、タバスコなど)は流通しているが、青果としての国内での栽培は極めて少なく、しし唐など辛くないものが多い。
折りしもタイ料理や韓国料理がはやり、担担麺もブームだった。辛いものは受け入れられているのだ。カプサイシンの効用もあちこちで説かれている。
フレッシュな唐辛子果実があれば、調味料としても野菜としてもヒット間違いなし、とひらめいた。
新野菜の中でも、唐辛子は珍しく、市場の扉は自力で開けなければならない。←
東ハト「暴君ハバネロ」
東ハト「暴君ハバネロ」
「暴君ハバネロ」のキャラクターを使用したハバネロ栽培キット
「暴君ハバネロ」のキャラクターを使用したハバネロ栽培キット

コラム
高田 実
高田 実たかだ・みのる
有限会社篠ファーム
代表取締役
夫人と、2男の4人家族。休日には家族サービスに徹する。「家族は100%本心でつきう必要がある」が信条。
昭和28年8月1日生まれ
昭和46年園芸高校卒業後大手園芸会社へ
以降園芸畑で5回転職
平成7年有限会社篠ファーム設立
平成11年外国種唐辛子の生産・販売に着手
平成15年ハバネロブームを機にハバネロ栽培の篠ファームとして知られる
平成18年ハバネロを生かした食品事業に着手、今日にいたる
園芸
園芸ということばは、基本的には植物を育てること、を意味する。現在、主要には以下の2つの意味で使われる。
1.園芸農業(生産園芸)
農業の一分野として、果樹、蔬菜、花卉を育て販売する。
2.鑑賞園芸
観賞用の植物の育成・創作、仕立て(盆栽のような美的栽培)、コーディネート(総合的なデザイン・幅広い広がりがある)をおこなう。
唐辛子
唐辛子はナス科トウガラシ属の一年草。辛味の強い品種から甘い品種まで世界中に 500種以上がある。
日本には1542年ごろポルトガルから伝わったという説と、朝鮮から伝わったという説がある。
日本ではかつて50種類以上が栽培されていたといわれるが最近は減っている。 辛味種と甘味種とに分けられる。

<日本の主要な唐辛子>
■ 熊鷹(くまたか)
日本産で最も辛味が強い
■獅子唐(ししとう)
甘味種のうち、小型で肉薄の品種の未熟果物。
■伏見甘
京都の伏見で栽培されてきた。辛味はない。
■万願寺唐辛子
伏見甘と大型ピーマンのカリフォルニア・ワンダーとの交配でできたと言われる15cm以上になる甘唐辛子。現在では京野菜として認知されている。

<世界の主要な唐辛子>
■Cayenne (カイエン)
小粒で鮮やかな赤色の大変辛い唐辛子。ギアナの首都カイエンで品種改良された。
■Habanero (ハバネロ)
オレンジ色または赤色で丸い。世界で最も辛い唐辛子。
■Jalapeno (ハラペーニョ)
緑色で短い唐辛子。辛い。
■Serrano (セラーノ)
細長く緑色。米国南部で栽培される。生のままサルサに使われる他、ピクルスにもされる。
■Prickeene (プリッキーヌ)
タイで栽培されている青くて小さな激辛唐辛子。
■朝天辣
中国四川省産の赤くて丸い唐辛子。激辛。四川料理の基本の味。
カプサイシン
唐辛子に含まれる辛味成分。痛覚を刺激して痛みまたは辛味を感じさせる。体内に吸収されるとアドレナリ分泌を活発にさせて、発汗を促し、美容や健康に効果的である。
京都ハバネロの里シリーズ
11月発売予定
(9月13日より同社ホームページで先行販売中)
京都ハバネロの里シリーズ
ハバネロうま辛黒豆味噌/698円(税込)
ハバネロうま辛白味噌/698円(税込)
ハバネロ醤油/698円(税込)
有限会社篠ファーム
京都府亀岡市馬路町狐瀬20−1
TEL:0771-24-7878
FAX:0771-24-7885
www.shinofarm.jp
事業内容:園芸事業、園芸加工品事業(栽培キットなど)、生鮮野菜事業
契約農場数:京都と兵庫、熊本を中心に150農場