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Project B/2006 Vol.17「B食を支えるひとびと」
中華料理の歴史を塗り替える−「山田の打ち出し式中華鍋」の奇跡/Guest:山田豊明さん(有限会社山田工業所 取締役社長)
戦後のモノ不足が生んだ奇跡の始まり素人が「ドラム缶の底」から中華鍋を作る
暑い日盛りに、お話を伺いに横浜市金沢区の山田工業所へお邪魔した。打ち出し機の音が響く工場2階の事務所で、2代目社長の山田豊明さんが笑顔で迎えてくれた。早速、会社の生い立ちをうかがう。
「会社創立は昭和32年です。創業はその数年前だと思います。それまで蕎麦屋の小僧だった父が仲間3人で始めました。
まだまだ鉄そのものが不足していた時代で、鍋も足りなかったんですね。みんなが生きていくために鉄くずを拾ったりしていましたが、私の父は、ドラム缶の底の鉄板をハンマーで叩いて、鍋を作ることを考えたんです。鉄はなかったですが、ドラム缶だけは豊富にありました。
もっとも、父に打ち出しの経験などまったくなく、本当の素人仕事だったようです。今ならとんでもないことでしょうが、当時はそんな風潮があったのです」
なんと父・久男さんは、ズブの素人からハンマー1本で、見よう見まねでさえなく、手探りで中華鍋を作り始めたのだった。
しかし、持ち前の向上心と丹念な細工が奏功し、鍋は徐々に好評を得、レストランなど業務用を中心に引っ張りだこになり始めた。
モノ不足の時代が生んだ奇跡と、呼んで良いだろうか。
世界で初めての、打ち出し式中華鍋の誕生だった。 →
富士山に打ち出し
「富士山に打ち出し」の山田工業所のシンボルマーク
そもそもその当時、中華鍋には鋳物のものしかなく、したがって、当然に重たく扱いにくいものだった。形も浅型で、両手のついた広東鍋と、片手の北京鍋の違いがあるだけで深さや曲線のバリエーションは画一的で、「良い形」ともいい難かった。
そこへ、山田工業所の先代社長山田久雄氏が形を自在に調整できる打ち出し鍋を考案して、中華鍋の世界に革新をもたらしたのだ。
この鍋は、いくつもの点で従来の中華鍋と違う特質を持ち、たちまち料理人たちに愛用されるようになり、中華鍋に新時代をもたらした。
その結果、鋳物の中華鍋は姿を消してゆく。
のちに、プレス成型で量産される中華鍋が生まれ、低価格を武器に市場を席巻し、打ち出し式との並存時代が始まるのだが、それは後述しよう。
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打ち出し鍋5つの大切なポイントこれぞ職人技の「形」「厚さ」「丈夫」「軽さ」「なじみやすさ」
まず、「形」である。
打ち出し式中華鍋は5,000回から8,000回も鉄板をたたいて成型する。気の遠くなるような作業だ。
出来上がった鍋の断面を見せてもらうと、形状は美しい独特の曲線を描いている。鍋をあおって、中の材料を自在に動かすために最適な「形」であり、広い面で火の熱を受けるために効率の良い絶妙な形なのである。
この形に仕上げる職人の技術はプレス式にはまねが出来ないものだ。専門家のオーダーで、さらに微妙に、その人に合わせた形に仕上げることもあるという。
次に、「厚さ」である。
普段使っていても、そうとは気付かないが、断面を見れば一目瞭然だ。部位によって厚みが違うのである。
端の「へり」の部分は、素材の薄板鋼板の厚さそのままで1.2mmだが、湾曲している部分はなんと0.5mmになっている。底の部分は素材から少し伸ばされた程度の1.0mmだ。
この微妙な厚さの変化もまた、山田工業所の独創的かつ精密な「職人技」である。プレス式の中華鍋には出来ない。
火は、鍋の湾曲部分に当たる。その火の力、すなわち熱、を効率よく鍋の中へ取り込むために湾曲部分を薄くしているのだという。つまり、非常に熱効率の良い鍋なのだ。「この鍋を使えば、家庭のコンロの火力でも美味しい中華料理をつくれます」という。
プロの料理人が「なじみやすい」「扱いやすい」と言
う理由が分かりかけてくる。→
打ち出し式中華鍋の製造工程
【1】型抜き
① 型抜き 大きな鉄板から鍋の形に鉄板を打ち抜く
【2】成型(手動式)鍋は台座の上で回転している
② 成型(手動式)鍋は台座の上で回転している
【3】打ち出しからヘリ慣らし
③ 打ち出しからヘリ慣らし
(周辺の平らな部分=ヘリを鍋の形に合わせて成型する)
【4】取っ手加工、サビ止め塗装を経て完成
④ 取っ手加工、サビ止め塗装を経て完成
「正直言って、プレス式の鍋を作ることも考えなかったわけではありません。しかし、プライドが許さなかった。それに、プレス式に走ってしまっては、せっかくの打ち出しの職人技がなくなってしまい、ただのプレス屋になってしまう。
何とか職人技を生かした打ち出し鍋の生産量を増やし、低価格にしたかった」
そこで、豊明氏は全自動方式の打ち出し機の開発に立ち向かう。打ち出し式の職人技を、そのまま再現して自動で鍋を打ち出せる機械にしよう、という不可能とも思える試みだった。
そして幾多の試行錯誤をへて、ようやく昭和55〜6年ごろ「ティーチング機能」を備えた自動型打ち出し機の開発に成功する。
これにより生産数は倍増した。
現在、本社工場には6台の「打ち出し成型機があり、うち3台が「自動型」とのこと。生産数はそれでも日産600枚ほどが限界だという。
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まだまだ続く夢への挑戦〜次代のエース「軽量鍋」
価格は高価だが、抜群の耐久性と扱いやすさをもつチタン鍋はすでに販売が始まっている。
次代のエースか、と目される「軽量鍋」も試作はほぼ完了、強度の検証や価格など、最終のつめの段階で、発売準備に入っているという。
従来の1.2mmの鋼板より薄い0.8mmの鋼板から打ち出すもので、鋼板の素材も変えなければならず、より多い工程と精密な作業が要求されるが、4割ほど重量が軽くなるのだ。
大幅に軽い中華鍋が出来れば、中華の料理人の肉体的負担を、画期的に減らすことが出来るし、家庭でも気軽に使ってもらえるようになる。「夢の商品」ともいえようか。
妥協を許さず、打ち出し式を貫き、技術を革新してきた豊明さんの柔和な笑顔の中には、すでに夢が現実になった姿が見えているのかもしれない。
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コラム
山田 豊明
西田 聡やまだ・とよあき
有限会社やまだ工業所
取締役社長
昭和21年生まれ。昭和39年、大学を中退して山田工業所入社。昭和40年ごろ、手動調整式打ち出し機の1号機開発。昭和55〜6年ごろ、全自動式打ち出し機を開発、実用化。昭和57年2代目社長に就任、現在に至る。
中華料理の歴史と中華鍋
「中華鍋」というものがいつから使われ、今日の形状になったかは、資料が少なく不明な点が多い。
鉄器は漢代には使われていたが、鍋の形状は不明である。
中華料理の歴史上「炒めもの」が登場するのは遥か下って宋代である。コークスの実用化により、鉄の品質改良が進み、鋳造などの方法で「振る」ことの出来る軽量・実用的な鉄鍋の普及がすすんだものと推測される。
山田社長の話によれば、本文に記した通り、日本では鋳物の鍋が使われ、現在のものより浅い形のものであったようだ。
中華鍋の種類
広東料理の譚彦彬(たん・ひこあき)氏の「譚さんの中国料理」によれば、
上海料理:煮込む料理が多く、鍋も深く、鉄の玉じゃくを使う。
四川料理:寒い地方で油もたれもたくさん使い、やはり煮込む料理。
広東料理:食材豊富でさっと炒める程度の料理が多く、浅めの中華鍋で木のへらで、一気に火をいれ、油もたれも少なめ。

食の研究家の平松洋子(ひらまつ・ようこ)氏の「アジアのごはんがおいしい理由」では、
広東鍋:双耳鍋=両方に持ち手が付いている鍋。
北京鍋:北方鍋=片方だけに長い柄が付いている。
タイ鍋:片方に長い柄が付き、反対側に持ち手が付いていて浅い。
韓国鉄鍋:ボンチョル。深くて北京鍋そっくり。
韓国鉄平鍋:チョンゴル鍋。汁気の少ない鍋用。両方に持ち手。
薄板鋼板と軽量鍋
大雑把に厚さ3mm以下の鉄板をさして「薄板鋼板」という。自動車、家電、その他用途が広く、もっともなじみ深い鉄の姿であろう。加工性や、強度により何種類かある。
中華鍋にはさびにくく、加工性の良い「熱延鋼板」が適している。ただし、軽量鍋に使う0.8mm厚では、「熱延鋼板」は規格品にはなく、「冷延鋼板」しか使えない。軽量鍋の開発には、また困難と逸話があるのだが、商品が本格発売前なので、控えざるを得ない。
参考:JFE広報誌バックナンバーより「薄板の21世紀技術
ティーチング機能
「ティーチング機能」とは「一つの鍋を打ち出す全工程に渡って、人間(職人)がしたことと同じことをする機能」であるという。きわめて精度の高い機械メカニズムに支えられた、高度な学習機能(と打ち出し機に教え復元する機能)をそなえたものであるらしい。
それ以上は「企業秘密」とのことで多くは語っていただけなかったが、今日われわれが打ち出し式中華鍋を気軽に手にすることが出来るようになるために、キイとなった技術といえよう。
有限会社山田工業所
横浜市金沢区福浦1-3-29
TEL:045-781-5857
事業内容:業務用打ち出し中華鍋、関連用品の製造販売
従業員数:18名
有限会社山田工業所
 
 

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山田 豊明 さん
山田 豊明 さん
ひとつの鍋を成型するのに5,000回から8,000回も叩かねばならず、微妙な技術と経験が必要とされる打ち出し中華鍋はなかなかまねの出来るものではない。また、熟練しても2人がかりで1日5個しか製造できなかったそうだ。
かくて追随するものとてなく、世界唯一の、打ち出し式中華鍋メーカーとして山田工業所が船出することとなった。
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火熱を自在に旨味に変える——打ち出し式が中華鍋の新時代を切り開いた
中華料理は火力が命だ、と言う。
炒める、揚げる、煮る、蒸すという様々な調理を強い火力で一気に、ひとつの鍋の中でこなす。特に炒めるという調理法は、強い火力で一気に素材の旨味を封じ込めることに持ち味がある。だから「火の当て方」が料理の出来を大きく左右する。
「鍋は料理人の命」ともいわれるわけである。
火の当て方をコントロールして、必要なところへ熱を集中させるには、鍋底の表面積を出来るだけ大きくするほうがよい。そのため、底も含めて鍋全体が曲面の方が良いのだという。
しかも全体が曲面であれば、自然に中央部分に材料が集まり、熱を集中させやすい。
いわば、熱を旨味に変えるもの、それが中華鍋である。←
プレス鍋と打ち出し式鍋の断面を比べる
プレス鍋と打ち出し式鍋の断面を比べる
これぞ職人技、打ち出しで精密に厚さをコントロールする
これぞ職人技、打ち出しで精密に厚さをコントロールする
図
第3に丈夫さである。
何千回もハンマーで鉄をたたくと、その度に鉄の中にある「ス」=空気を叩き潰し、追い出すことになる。丁寧に打ち出すことで、鉄板は「ス」のない、稠密な鉄に変わっている。したがって錆びにくく、強度もある。最近の4万Kcalくらいの高熱量の業務用中華レンジ(ガスレンジ)では、プレス成型の鍋はすぐに焼けて穴があいてしまうこともあるが、打ち出し式の鍋は何十年も使えるとか。
第4に、打ち出し式は、鉄板を延ばして作るので、プレス式の鍋より軽く出来ている。この「軽さ」も、鍋を振り続ける中華の料理人にとっては大切な点だ。
第5は「表面の微妙な凹凸」である。
ハンマーが鉄板の表面にぶつかって出来る「ごくごく微妙な深さ」の叩き痕があって、そこに油がしみこむので、料理の油回りがよくなり、焦げ付きも少ないのだ。
こうして見てくると、打ち出し式中華鍋は、中華鍋としてきわめて優れた5つの大きな特質を持っていることが分かってくる。
しかもこれらはいずれもプレス式では到底望めない、高度な、きわめて高度な「職人技」ならではのものである。
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1日5個から600個へ父子で職人技の機械化に取り組む
「会社にしたのは、昭和32年でした。当時は2人がかりで、手作業で鍋を打ち出すんですが、1日に5個しか出来ない。これじゃ、とても高い値段で鍋を売らなきゃいけない。まあ、売れてはいましたが、いろいろ大変だったでしょう。
何とか生産を増やして、楽になりたい、というのが願いでした。父が偉かったのは、職人としても良い技術を持っていましたが機械化の必要も感じてすぐに取り組んだことです。だから、父と一緒にやり始めて、すぐに機械化の実現にこぎつけました」
昭和40年になって、最初の手動調整式の打ち出し機ができた。ハンマーは自動で動くが、その強さや、方向は人が常に手動で調整するものだった。まだまだ改良は必要だったが、それでも画期的だった。
熟練職人がハンマーを振るうように、微妙なタッチで直径十数センチの機械用のハンマーを動かす。生産は一気に日産最大300枚にも増え、素人の始めた会社は軌道に乗った。
その記念すべき1号機は今は、餃子鍋の打ち出し機に変わってこそいるが、しかしほぼ原型のまま現役で、社長室のすぐとなりで動き続けている。
昭和47〜8年ごろになると、プレス式の鍋が増えてくる。打ち出し鍋の支持者が減るわけではなかったが、低価格を武器に主として家庭用に市場を広げていくのを見せつけられては危機感が募る。
また価格競争に巻き込まれて売価も下がった。
決して自社の商品が売れていないわけではなかった。プロの料理人のほとんどが愛用していたし、どうしてもほしいという声も根強かった。
だが、生産量は増やせないので、価格が下がった分だけ売り上げは減ることになる。 ←
第1号打ち出し成型機
第1号打ち出し成型機
上部の駆動部分は取りはずされている
軽量鍋
次代のエースか、と期待される軽量鍋

鎌倉「凛林」でプロの料理人が打ち出し鍋を語る
「間に合わせでない」こころで料理を作る
一息ついたところで、豊明さんは「じゃあ行きましょうか」とおもむろに立ち上がった。
親しくしている、鎌倉の「凛林」の林訓美オーナーシェフに話を聞きに行こうというのだ。
鶴ヶ岡八幡宮から2kmほどの道のりだ。朝比奈切通しへ向かい、瑞泉寺への参道に入る。
店舗はもはやまったくなくなり、住宅街も山に消えようかという心細さで進むと、細い道に忽然と瑞泉寺の小さな山門が現れる。その、さらに奥まった路地を鍵の手に回りこんで、崖にぶつかり、行き止まりかと思うあたりに瀟洒な住宅を改造した店が現れる。なんとも贅沢なロケーションだ。
先輩後輩の気安さで話も弾むテレビなどへの出演も多いスターシェフである林さんは、東京都心や横浜で中華料理店を経営していたが、3年ほど前にこの奥まった地に移ってきた。
「間に合わせる、ということをしないためにここに移った。全て予約のお客様で、その人のために、その人に合わせて料理を作る。また風が良いので、自然に合わせて冬場は庭で干物を干したり、北京ダックを作る。都会では何かと無理をして間に合わせなければならないことが多すぎる」
と語る林さん、豊明さんとは高校の先輩、後輩の関係だという。

打ち出し鍋は使うほどに「味わい」が出る
後輩の作る鍋について語りだすと、力がこもってくる。
「一対一で向き合う気持ちで料理を作りたい。そう思ってメニューも考え、鍋も振る。
そのときこの鍋は、思うとおりに動いたり、熱を入れたりしてくれる。その一瞬の微妙な動きで『間に合わせ』をしないでいられる。すっかりなじんで、なくてはならない私の一部になっている。
鍋をはさんで握手打ち出し鍋を使い続けているが、技術とか厚さとか、そういうことは勿論あるだろうが、われわれにとっては使ったときにうまく使える、なじむ鍋が良い鍋だ。使い込んで手になじむ、長く使える、体の一部、いや、心の一部になってしまうような味わいの出る鍋だね。」
使うほどに味の出る、打ち出し式中華鍋。
厳しい職人技が積み重なって、人の心に届く瞬間を見た、ように思われた。
中国精進料理 凛林
中国精進料理 凛林
鎌倉市二階堂725−4(瑞泉寺山門上ル)
TEL:0467−23−8583
定休日:第一、第三火曜
営業時間:予約制(ご来店前にお電話にてご確認ください)
ランチタイム:11:00〜16:00
ディナータイム:17:00〜21:00(LO19:30)
http://www.kamakura-rinrin.com
料理は中国・福建省の味をベースにした淡白な味付けが特徴。
子息の林清隆氏も一緒に腕を振るう。

林訓美
りん・くんび
昭和21年生まれ。築地福新楼を経て上野池之端に、福健海鮮料理「竜虎伝」を開店。平成平成15年より、鎌倉で「中国海鮮料理 凛林」をプロデュース。食品メーカーの商品開発や調理学校などの講師、講演、テレビ出演など幅広く活躍する。

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