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Project B/3月 vol.14「B食を支える男性」
「創業精神を守り、新商品開発に取り組む/Guest:増田 智之さん 株式会社ヤクルト本社業務部企画調査課主事補。株式会社ヤクルト本社業務部企画調査課主事補。1992年同社に入社後、開発部にて蕃爽麗茶、ヤクルト400、ビフィーネなどの開発を担当。2005年4月より現職。
うれしい悲鳴があがったお茶
「これじゃ、原料の茶葉がとてもじゃないが、足りないぞ」
2000年のある日、ヤクルトの増田智之は特定保健用食品として表示許可を受けたばかりの蕃爽麗茶(ばんそうれいちゃ)の売れ行きに青ざめた。
蕃爽麗茶は、増田らが担当した新しいお茶である。開発を終え、発売したのは1998年のことだった。蕃爽麗茶はグァバの葉を原料とし、グァバ葉ポリフェノールの働きで、食後の血糖値が急激に上昇することを防ぐ機能がある。
「空輸でもなんでもいい!お客様に商品を届けるんだ」
原料の茶葉を確保するため、開発部門、生産部門、原料メーカーが一丸となって、調整にあたった。スタッフを中国に派遣したり、輸送に飛行機を使ったりもしたのである。
うれしい悲鳴だった。蕃爽麗茶は発売後2年間、地味な製品であり続けていたからである。ヤクルトは「人の健康に役立つ商品を提供する」という創業理念を、いまなお社風としてもち続ける会社であり、売れ行きに一喜一憂するわけではない。というものの、「売れ行きだけを見れば、よく会社が我慢して売り続けてくれたと思うような実績でした」というのが、増田の正直な感想だった。→
蕃爽麗茶
パッケージがリニューアルされたばかりの蕃爽麗茶
蕃爽麗茶の広告
蕃爽麗茶の広告
最初のサンプルは、予想した通り、飲めたものではなかった。薬品なら我慢しても飲むだろうが、あくまでも作っているのは食品である。これを誰でも飲めるものにすることが、増田たちの仕事だった。「まずい」といわれる程度ならいい。「飲めない」と思われたら、いくら機能が明確でも、人は積極的に飲もうとしない。商品化の最大のハードルは、風味と味の改良だったという。
「なんだこの匂いは!」
続々と人が集まってくる。改良を施して、実生産ラインでのテストを行ったときのことである。関係者全員で苦笑いをするほかなかった。「ずいぶん改良したんですが、それでも当時は、かなり刺激的な匂いだったんです」という。
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上昇を抑え、必要以上に下げない
葉の焙煎度を変えたり、グァバの実(蕃果)エキスを加えたりすることで風味を良くし、ついに発売可能なところまで製品はしあがってきた。
増田は、商品の命名者でもある。グァバの和名が「蕃石榴」(バンジロウ/バンザクロ)ということから、蕃爽麗茶と名づけた。
「当時、よく売れているお茶は4文字の名前が多かったので、こちらもそうしようと思ったんですが、ほとんどの候補が商標登録済だったので、苦心しました」
という。
「蕃爽麗茶のいいところは、食後血糖値の急激な上昇を抑制することで、通常血糖値を下げるわけではないところです。したがって、血糖値が低い場合は、なんの作用もしません」
という。このあたりが、「血糖値を対症療法的に下げる薬」とは違うところである。
飲むのは、食中もしくは食後がよい。食後しばらくすると、消化酵素で分解された糖質が体内に吸収され、血糖値があがりだす。そこで蕃爽麗茶が効くのである。
「食事を楽しめるようになりました」
という声を聞くのがうれしかった、という増田。「お茶の葉だけ売ってほしい」という問い合わせもあったそうだ。
蕃爽麗茶は、血糖値が気になる人も、「おいしいもの」を味わって食べることを可能にする特定保健用食品なのである。



戦後使用されていたビン
戦後すぐの容器
現在のヤクルト(左)/プラスチック容器にかわる前のビン(右)
プラスチック容器にかわる前の
ガラスビン
現在のヤクルト
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裏話は編集ぶろぐへ

写真・阿部真也
文・古瀬幸広
増田 智之さん
増田 智之さん
1992年同社に入社後、開発部にて蕃爽麗茶、ヤクルト400、ビフィーネなどの開発を担当。2005年4月より現職。
苦戦には、きっとさまざまな理由がある。乳酸菌関連飲料、あるいはプロバイオティクスに強い企業としてヤクルトは有名だが、だからかえって、「お茶」のメーカーとしては無名であったこともあるだろう。「ヤクルトがお茶を出した」と聞いても、正直な話、あまり「おいしいもの」が出た感じはしない。
1998年当時はまだ、血糖値コントロールという蕃爽麗茶の「機能」についての理解が、あまり進んでいなかったという可能性も考えられる。
決して「いいこと」ではないが、1997年から2002年までの間に、糖尿病患者数は予備群を含めると300万人も増えているという。この傾向にともない、糖尿病関連の報道が増加しており、そのぶん、血糖値コントロールに敏感になる人が増えたのではないか、という想像である。
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「この味」はなんとかならないのか
「面白い素材があるので、開発部のほうで商品化をすすめて欲しい」
開発部に改めて、ヤクルト中央研究所からグァバ葉の機能が紹介された。グァバ葉の熱水抽出物には、糖質の消化酵素の働きを阻害する働きがあり、食後血糖値の上昇を抑制する効果がある。しかし、商品化にあたっての課題は「風味が悪いこと」だという。
入社以来、ヤクルトなど、乳酸菌関連製品の開発に携わってきた増田にとって、お茶というのは初めての素材だったが、血糖値コントロールという機能は魅力的にうつった。
ヤクルトやジョア、ビフィーネなど、ヤクルトの主力商品は乳酸菌を利用した製品であるが、「人の健康に役立つ商品を提供すること」が、創業者である代田稔博士以来の「ヤクルトのDNA」だ。「機能が魅力的なら、やってみようじゃないか」——中央研究所と開発部の間で、共同プロジェクトがたちあがった。このプロジェクトは、成人病(生活習慣病)対策をターゲットとして加えるということだ。
その機能を確認し、戦略をたて、商品化の構想をたてたのはいい。しかし、そこからが、本当の苦労の始まりだった。←
ヤクルト菌(L.カゼイ・シロタ株)



ヤクルト菌
(L.カゼイ・シロタ株)
ビフィズス菌(B.ブレーベ・ヤクルト株)



ビフィズス菌
(B.ブレーベ・ヤクルト株)
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コラム
特定保健用食品
板づけ厚生労働省がつくった許認可制度。「血糖値の急激な上昇を抑える」等の健康にかかわる働きがある成分(関与成分)を加工した食品であり、効果や安全性が動物やヒトなどへの試験で科学的に証明可能なものは、申請と審査によって、特定保健用食品の表示許可を得られる。
その許可がおりた特定保健用食品は、健康表示(健康への効用を示す表現)を行うことができる。逆にいうと、認可がない場合、健康改善効果をうたって食品を販売することはできない。
この制度は、いかがわしい健康食品を排除する効果は絶大だが、認可制度とその運用がまだ安定していないという問題点があるように思える。また、特定保健用食品のマークがついていたとしても、過剰な期待をもって過剰に摂取することは避けたい。
とくに蕃爽麗茶の場合、糖尿病の疑いが強い人なら、蕃爽麗茶に頼る前に、まずは医師に相談するべきである。蕃爽麗茶はあくまでも食品なのである。
グァバ
フトモモ目フトモモ科。熱帯アメリカ原産。高さ3‐4mになり、ザクロのような果実をつける。葉を茶に加工した抽出物にはグァバ葉ポリフェノールがあり、糖質の吸収を遅らせ、血糖値の上昇を抑制する効果がある。
グァバ葉ポリフェノール
緑茶や烏龍茶には存在しないグァバ茶独自の成分。ポリフェノールとは、芳香族炭化水素の分子中、2個以上の水素原子がヒドロキシル基で置換された化合物をいう。
血糖値
血液中のブドウ糖量を示す値。ブドウ糖は筋肉や脳のエネルギー源であり、血液によってそれが運搬されている。なかでも脳はブドウ糖を大量に消費する器官である。身体を動かさず、頭を使うだけでも空腹を感じるのはそのせいである。このままだとブドウ糖が不足すると予見した脳が、「食べなさい」という指令を出しているわけだ。
このあたりの総合制御はインスリンと呼ばれるホルモンが行っているが、インスリンの分泌量が何らかの理由で落ちたり、肝臓や筋肉などの細胞がインスリンに反応しなくなったりして、食後の血糖値が上昇したままになる病気が糖尿病(2型。対して1型はなんらかの理由で十分なインスリンの分泌ができないものをいう。2型は生活習慣病だが、1型は子供でもみられる病気である)。
糖尿病が「砂糖をとりすぎるとおきる病気」であるという誤解されていることがあるが、戦後一貫して砂糖の消費量が落ちているのに対し、糖尿病の患者数は最近になって急増しているという単純な事実からみても、じつは相関はみられない。
プロバイオティクス
抗生物質(antibiotics)に依存しすぎた現代医学への反省から生まれた言葉。「共生関係」を意味する生態学用語probiosisからとっている。抗生物質は悪い菌を殺す能力でめざましい成果をあげたが、その一方で、ヒトの腸内に住みつき、解毒などの手助けをしてきた乳酸菌も一緒に駆除してしまう。「腸内フローラのバランスを改善することにより、宿主に有益な作用をもたらす生きた微生物」のことである。
ヤクルト
1920年代、京都帝国大学微生物学研究室にいた代田稔は、ロシアの生物学者メチニコフの「ブルガリアに長寿の人が多いのは、ヨーグルトを常食しているから」という指摘が気になっていた。
「乳酸菌を摂取して腸内をよい状態に保つことが健康につながる」と確信した代田は、ヒトから採取した乳酸菌を胃液や胆汁を加えた培地で培養する研究を行い、1930年(昭和5年)に世界で初めて乳酸菌の強化培養に成功する。これが発見者である代田の名前をつけたL.カゼイ・シロタ株だ。
これをひろめるために作られた飲み物がヤクルトである。命名者は代田で、エスペラント語でヨーグルトを意味する「ヤフルト」からつけた。1935年には代田保護菌研究所が設立され、ヤクルトの販売に至るのである。
現在のヤクルトは世界で販売され、毎日2500万人に飲まれているという。65mlの容器には150億個のL.カゼイ・シロタ株の乳酸菌が含まれている。容器がくびれているのは、イッキ飲みを防ぐ工夫で、「ゆっくり味わって飲んで欲しい」という思いがこめられたデザインになっている。