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Project B/1月 vol.13「B食を支える男性」
たしかな「伝統的な蒲鉾作りにこだわる老舗/Guest:石黒 太郎さん 株式会社籠清 専務取締役・工場長
魚を保存利用する生活の智恵
小田原は蒲鉾を特産とする。蒲鉾作りが盛んになったのは、いまから220年くらい前の天明年間だという。小田原には、さまざまな意味で蒲鉾作りが盛んになるだけの「地の利」があった。
第一は、沿岸漁業で魚が豊富に獲れたということ。むしろ、獲れすぎたことが、蒲鉾作りを促進したのである。もちろん、冷凍庫もなければ、冷蔵庫もない。氷もない時代のことだ。獲れた魚を保存利用するために、蒲鉾作りが盛んになったのである。
第二は、江戸と箱根という消費地に近かったことだ。箱根では、参勤交代で通る大名も食したという。江戸時代から、蒲鉾は小田原のまちおこしに寄与していたのである。
そして第三は、「水」がよかったことである。蒲鉾作りに、いい水は欠かせない。ここでいう「いい水」の判定基準は、マグネシウムやカルシウムなどのミネラル成分がほどよく含まれていることである。つまり、軟水より、硬水のほうがいいのだ。
小田原の地下水は適度にミネラル分を含み、生の魚を大量の水にさら(水晒)し、魚の臭みや脂、小骨、皮、血液、その他の不純物などを取り除いていく作業に適していた。軟水だと、この過程で魚肉が膨潤してしまうのだという。→
鳳凰の原材料はグチ
「鳳凰」の原材料はグチという白身魚である。
自動採肉機
自動採肉機。この編み目が骨と皮を取り除く。
石臼
水さらしのあと、この石臼ですり身にされる。
冷凍で材料が流通すると、生産計画をたてやすいし、生産コストを抑えられる。かくして店頭に、地方色豊かな製品を押しのけて、大量生産の規格品のような蒲鉾が並ぶことになった。
かごせいの「鳳凰」は、いい意味で時流に乗っていない。昔からのやり方を守っている。
「鳳凰は、生の魚を原料にし、添加物を一切使っていません。つなぎのでんぷんも使っていません」
というから、驚きである。これがかごせいのこだわりなのだ。
鳳凰の材料はニベ科のグチと呼ばれる魚である。9月末から3月末まで、毎日のように、協力工場で下処理をされたグチが、大量の氷に守られて搬入されてくる。ここから先は、伝統と最新設備が融合した、なんとも不思議な光景になる。
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石臼にいまもこだわる「すり」
まずは最新設備である。自動採肉機にかけられ、皮と骨が分離されて、白身だけになったグチが次々と出てくる。
オートメーション化がされているのはここまでだ。続いて水にさらされるのだが、ここから先は、最新設備を使いつつも、経験豊かな職人がつきっきりで制御をする。それは相手が、生の魚だからである。
水さらしは、魚肉から臭みと脂分、そして水溶性タンパク質を取り除く作用がある。仕上がりの弾力や色の白さを決める重要な工程だ。しかし、相手は生の魚であるから、日々、その状態は変動する。だから経験が必要なのだ。きっとこの点が、「生の魚」と「冷凍のすり身」の違いである。
水さらし作業のあと、魚肉はいよいよ、石臼を使ったすり器にかけられる。なぜ石なのか。それは
「魚の繊維を壊さずにすることができるうえ、熱をもたないので、作業中の温度変化による材料への悪影響を避けられる」→
板づけ
いよいよ板づけ。
何層にも繰り返し盛っていくことで、歯ごたえを作りあげる。
小口切り
最後の手作業である小口切り。
完成
自動蒸し器にかけられたあと、水で冷やされて完成。
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コラム
蒲鉾
伝説では、神功皇后が三韓征伐の途中、神戸の生田の杜で、すり潰した魚肉を鉾の先に付けて焼いたのが始まりとされているが、真偽は不明である。中国や東南アジアでは、魚をすり身にした料理(フィッシュボールなど)が昔から食されていたので、それを由来と考えるのが自然だろう。
「蒲鉾」の名は、鉾のかわりに竹の棒にすり身を巻いて作られたものが、蒲の穂の形に似ているからついたという(現在の分類では「竹輪」だろう)。文献上で蒲鉾の名を確認できるのは、『類聚雑要抄』(1672年)という書物で、1115年に催された関白の祝宴の膳に、蒲鉾の図が記載されているという。このことから、11月15日を「蒲鉾の日」にしている。
魚の保存利用
古来より日本人は、生魚の保存利用について智恵を獲得してきた。干す、塩漬けにする、発酵させる、などである。どれも保存利用できるだけでなく、生食とはまた違う「おいしさ」も提供してくれる、素晴らしい調理法ばかりだ。
硬水
水分中に含まれるカルシウムイオン、マグネシウムイオンの量が多いものを硬水、少ないものを軟水という。日本は基本的に軟水の国で、生活用水の80%が軟水である。
膨潤
これは浸透圧が原因であると思われる。細胞膜をはさんで、水の分子が「濃度の高いほう」に移動するのが浸透圧である。軟水だと、水の分子が大量に魚肉の内部に移動し、膨潤させてしまうのだ。 ちなみに、焼く前に魚に塩をするのも浸透圧の利用で、魚肉中の水分が外に出るため、身が締まり、旨味が凝縮されるのだ。
スケトウダラの冷凍すり身の開発
スケトウダラの身を水にさらしたあと、5‐8%の糖類と0.2%の重合リン酸を加え、練り合わせてから凍結すると、タンパク変性が抑えられることがわかり、蒲鉾の原材料としてのスケトウダラの冷凍すり身が流通するようになった。
でんぷん
粘り気を補うために用いられる。農林水産消費技術センターが1991年に行った調査では、市販の蒲鉾40点のうち、35点がでんぷんを使用。調味料としてアミノ酸を添加していたのは、38点だったという。でんぷんもアミノ酸も添加しない鳳凰の稀少さがわかる。
板付け
練り上げられたすり身を板に盛っていく作業のこと。板を使うのは、蒲鉾の水分を板が吸ってくれるからである。
板わさ
そのまま切って、醤油とワサビで食べる方法。NHKが「試してガッテン」という番組で調査したところ、11mmの厚さに切るのが、最もおいしく蒲鉾を味わえるそうである。
 
 
石黒 太郎さん
石黒 太郎さん
こうした地の利を背景に、1814年(文化11年)に創業し、いまも続く小田原の老舗が、かごせい(籠清)である。
古い暖簾を守り続けながら、現代社会に適応するのは至難の技だ。
「だんだん、小田原では作りにくくなったので、昭和49年に工場をこちらに引っ越したんです」
というのは、工場長をつとめる石黒太郎(専務取締役)である。「小田原では、水や用地の確保が難しくなってしまった」のだという。
とくにかごせいがこだわったのは、工場内で使った水の浄化である。蒲鉾作りでは大量に水を使う。生産能力を大きくするには、浄化能力も高めないといけない。小田原では、そのための用地確保が難しかった。
「小田原と同じような硬い水を使え、海が近くて新鮮な魚が手に入り、協力工場も見込めるところ」
を探した結果、選ばれたのは焼津の大井川町だった。大井川のほとりで、目の前は海というところに、その工場はある。周囲には水産物加工業者が集まっており、規模の大きい冷蔵・冷凍設備があるのも魅力だったようだ。「現代における地の利」で、焼津が選ばれたのである。
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生の魚にこだわるトップブランド・鳳凰
工場が移転しても、そして生産能力が高くなっても、本質的な作り方を変えていない。それがかごせい流である。
「トップブランドの鳳凰は、いまでも生の魚にこだわり、石臼を使って製造しています」
という石黒の顔つきは、自信にあふれている。鳳凰は、かごせいの自信作なのだ。
蒲鉾の原材料は、白身の魚である。カンタンに言えば、白身魚の頭や内臓を取り除き、すり身にして塩を加え、粘り気を出してから板に盛り、蒸しあげれば蒲鉾になる(竹に巻いて焼けば、竹輪になる)。
かごせいが創業した頃から近代にいたるまで、全国各地で「地元で獲れる白身魚」を原材料にした、地方色豊かな蒲鉾があった。
その様子ががらりと変わるのは、1960年にスケトウダラの冷凍すり身が開発されてからである。この魚は漁獲量が多く、安い魚だが、すり身を冷凍すると、タンパク質が変性し、解凍するとスポンジのようになってしまい、(蒲鉾の材料としては)使い物にならないという問題があった。それを技術的に克服することに成功したのが、1960年なのである。←
熟練職人の腕
どのタイミングでどれくらいの塩を入れるかが、熟練職人の腕の見せどころ。それが暖簾の味を守る。
塩も吟味されたいい塩を使っている。
裏ごし
練りあげられたすり身を裏ごしして、さらになめらかなすり身にする。
からである。「これで、きめ細かなすり身ができ、でんぷんを使わないでも、適度な弾力をもつ蒲鉾になる」のだという。
「塩を入れる量とタイミングが、季節によって違います。熟練職人の腕が問われるところなんです」
と石黒。水さらしのところで述べたように、魚は季節によって大きさも違うし、作業中の温度も日々異なる。経験によって職人が調節するからこそ、良質のグチが、さらに上質のすり身に変身していくのだ。
ところで、この工程をみると、「魚肉練り製品」という表現がよくわかる。まさに練り上げるのだ。練り上げられたすり身はここで裏ごしされ、さらにきめ細かなすり身になる。
そしていよいよ、板付けだ。
この作業が圧巻だ。熟練職人が、ものの見事に板に盛っていく。しかも、作業がきめ細かい。
「板付け起こしから、中掛け、ハナ掛け、上掛け、小口切りという工程に分かれています」
と石黒が説明する通り、一度にあの形に盛り上げるのではなく、順に盛っていく。空気が入るのを防ぐためだ。その丁寧さを見るだけでも、鳳凰の「1本3,000円」という価格も納得できるというものだ。
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老舗の味を守る厳しさ
ここから先は、再びオートメーションに戻る。蒸し器にかけられ、そのあと水で冷やされる。伝統的な製法と現代的なオートメーションが見事に融合した工場である。
この工場には、冷凍のすり身を材料にし、板つけもオートメーションで行うラインもある。コストダウンを図るにはこれがいちばんだ。味も安定している。
一方で、「鳳凰」では、昔ながらの経験を生かした蒲鉾作りがいまも守られている。生の魚が相手だから、「たまには失敗することも、なくはない」という石黒。仕上がった蒲鉾を毎日試食する社長が、「すべて作りなおしと指示をすることもある」という。
これは、老舗の味を守る厳しさであり、生魚を材料とするリスクでもある。私は、だから貴重なのだと思う。まるで工業製品であるかのように画一化された食品は、自然の力より人工の力が勝ちすぎているのが通例である。
「魚、水、塩にこだわり、製法にこだわり、仕上がりにこだわる。こうしたこだわりが、かごせいです」
という石黒。ビールにブリューマスターがいて、日本酒に杜氏がいるように、かごせいの工場には「自然」と向き合い、それを生かす職人たちがいる。小田原蒲鉾の伝統は、いまも、そしてこれからも、彼らが守っていくに違いない。
「鳳凰は、板わさで味わっていただくのがいちばんです」
という本物の蒲鉾の味を、私たちも覚えておきたい。
伊達巻の材料
これは伊達巻の材料。
卵にすり身とみりんなどの調味料を加えたもの。
伊達巻
伊達政宗が好んだことから「伊達巻」の名がついた。かごせいでは、「ふんわり」とした仕上がりのため、手巻きしている。



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裏話は編集ぶろぐへ

写真・阿部真也
文・古瀬幸広