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Project B/11月 vol.12「B食を支える男性」
たしかな「日本のビール文化の幅を広げる三人衆/Guest:佐々木 正幸さん 株式会社ビアスタイル21 代表取締役
コープランドのアマヌマビール
京都で新選組が活躍し、池田屋事件や蛤御門の変が起き、まさに「幕末」を迎えていた1864年、その男は新天地を求め、アメリカから横浜の港にやってきた。ノルウェー生まれの30歳の青年、ウィリアム・コープランドである。
コープランドは横浜牧場の経営にかかわったり、運送業を営んだりし、徐々に金銭的にも成功してきたが、来日以来、ずっと不満なことがあった。それは、輸入されたビールがまずかったことである。
マズイものが輸出されているわけではない。長い間の船旅で、どうしても劣化してしまうのである。ビールは鮮度が生命だから当然のこととはいえ、コープランドには我慢がならなかった。
それもそのはず。コープランドは、ビール醸造の徒弟の経験があったのだ。運送業がうまくゆき、資金が溜まった1869(明治2)年、ついに行動を始めた。
「おいしいビール」を飲むためには、フレッシュなビールを自分で作るほかない。かねてより「水がいい」と目をつけていた横浜・天沼の土地を買い、翌年に個人経営のビール醸造所、スプリング・バレー・ブルワリーを建設したのである。これが日本初のビール醸造所だ。→
ホップ
ビールの香りと味わいを豊かにするホップ
ホップ
ホップの投入作業
発酵の管理
発酵を管理するのが味の秘訣
「こうしたビールがラガーを押しのけて主流になるとは思わないけれど、日本ではあまりに認められていないことが疑問でした。でも、実際に買って飲んでみると、仕方ないな、とも思うんです。鮮度が落ちていて、本来のおいしさが失われている」
佐々木は東京工業大学卒業後、キリンビールに就職。ビールの醸造に携わっていた人物である。ビールの生産に関しては知り尽くしており、なにが原因かは、わかりすぎるほどわかっていた。
「流通の問題もあり、スタウトビールなど、少量しか生産されないラガー以外のビールは、醸造してからお客様が口にするまで、下手をすると2,3か月かかっていたりすることさえあります」
問題は鮮度なのだ。とくに主流以外のビールは、137年前のコープランドと同じ悩みをいまだに抱えているということである。
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「ビール樽を翌日お届け」というスタイル
2001年、キリンビール社内で佐々木のアイディアが認められ、プロジェクト発足。2002年7月に株式会社ビアスタイル21を設立した。
現在は、 社長兼ブルーマスターの佐々木、営業担当の嶋村昭徳、マーケティング担当の別所弘章の3名の会社である。
おもしろいのはその戦略である。ビールづくりを知り尽くしているメンバーだからこそ、随所に斬新なやり方を取り入れている。
まず、自前で醸造設備をもたない。
「このアイディアを温めていたとき、ちょうど地ビールブームが一段落していたので、醸造を請け負う余力のあるところがきっとあるだろう、と思ったんです」
事実、その読みの通りだった。現在、御殿場高原ビールとヱチゴビールに醸造を委託している。しかも、佐々木のキリンビール時代の経験やルートが、品質のいい材料の調達に生きている。ブルーマスターは、佐々木自身がつとめる。
つぎに、「カンやビンはやらない」という方針だ。
「ベストの状態のビールを飲んでいただくには、樽しか選択肢がありません」
という。だから、販売先を飲食店に絞った。ベストの状態にこだわり、「お店で飲んでもらうビール」に割り切ったのである。
じつは、ビール生産においては、缶ビール、瓶ビールが曲者なのだ。生産数量も品質も設備に大きく依存するから、この形態での提供では、小さな会社は大手に歯がたたない。しかも、往々にして、設備投資が膨らみ、経営を圧迫する。
「カンやビンでは、大手メーカーのものが圧倒的においしい。最高の設備で、味が劣化しにくい製品を作ることができる」
という。ビアスタイル21は、カン、ビンに手を出さず、料飲店にビール樽を届けるというスタイルに絞っている。これは、「いろいろなビールを最高の状態で楽しんでもらいたい」という彼らの思いからいっても、当然の結論だった。
ブランド名は、『二都物語』で有名なイギリスの作家チャールズ・ディケンズの『大いなる遺産』の登場人物である、鍛冶屋のジョー・ガージェリーからとって、GARGERYとした。「素朴で優しい人柄と、モノづくりに打ち込む職人の精神をシンボルにしたかった」のだという。→
エステラとスタウト
豊かなエステラ(上)は料理を引き立て、苦みのさわやかなスタウト(下)は料理に負けない。
泥武士
泥武士 広尾店(どろぶし ひろおてん)
東京都渋谷区広尾5-7-35 広尾コンプレックス2F
03-5792-4143
http://www.dorobushi.com/
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コラム
ウィリアム・コープランド
(Copeland, William. 1834‐1905)
ノルウェー東南部の港町アーレンダール生まれ。本名はヨハン・マルティニウス・トーレセン(渡米後にウィリアム・コープランドを名乗る)。14歳で堅信礼を受け、ビール醸造の徒弟に入った。
その後、アメリカを経て、幕末の1864年に来日。横浜牧場に出資したり、運送業のコープランド商会を経営したりして資金を蓄え、水のよさで目をつけていた横浜・天沼の土地を買い、1870(明治3)年に個人経営のビール醸造所、スプリング・バレー・ブルワリーを建設した。
コープランドは1884(明治17)年に醸造所を手放し、その後、グアテマラに移住して日本製品を販売する事業に乗り出したがうまくゆかず、1902(明治35)年に再来日。翌2月に68歳で没。妻・ウメとともに、横浜・山手の外人墓地に眠っている。
ビール醸造
基本は大麦の麦芽を利用した発酵である。麦芽中に含まれる麦芽糖にビール酵母が働きかけると、アルコールと炭酸ガスを含む飲み物に変わるのが原理。ビール酵母の種類によって、エールビールと呼ばれる上面発酵ビールとラガービールと呼ばれる下面発酵ビールに分けられる。
上面発酵のビール酵母(Saccharomyces cerevisiae)は発酵中に酵母が表面に浮き、下面発酵のビール酵母(Saccharomyces carlsbergensis)は下に沈む。ラガービールのビール酵母は低温でないと活発に活動しないため、その製造には低温の貯蔵庫を必要とする。
麒麟
中国の空想上のめでたい動物。さらに「麒麟児」といえば、才能がとくに優れた若者のことをいう。さて、1888年当時、ネーミングに悩んだジャパン・ブルワリーの面々が参考にしたのは海外ビールのネーミングで、動物名を使っていることが多かったため、麒麟が選ばれた。
銘柄ではなく、会社として麒麟麦酒株式会社が発足するのは、ビールへの課税でビール醸造会社の経営が苦しくなった1907年のことである。この年、「東洋のビール王」と呼ばれる馬越恭平(当時、エビス、サッポロ、アサヒをまとめて「大日本ビール」(その後分割)をつくった事業家)がジャパン・ブルワリーに合併を申し入れてきたが、それを断り、明治屋と三菱財閥が増資してジャパン・ブルワリーを麒麟麦酒株式会社としたのである。
生産設備の技術革新
もともとビールは、生まれた段階では、醸造所で少量つくり、出来上がったその日のうちに樽から消費するスタイルの飲み物だった。もちろんこれでは、醸造所の近くに住む人間しか楽しめない。
そこで登場したのがビンやカンに詰めてのデリバリーで、これによって醸造所から遠い場所に住む人間もビールを楽しめるようになったが、生ビールを長期保存すると雑菌が増えて味が変わる可能性があるため、熱処理を行ってのビン、カン詰めであった。
戦後の技術革新は、まず、酵母と科学的につきあい、品質のいい(味のいい)ものを大量に醸造し、大量にビンやカンにする技術に注がれた。そのおかげで、私たちはどこにいても容易にビールを楽しめるわけだが、さらに近年は衛生管理技術が進歩していることも見逃せない。大量生産されたカンやビンのビールだが、中身は熱処理をしない生ビール、という商品が登場したのは、衛生管理技術の革新のおかげである。
ビール大手4社
これにオリオンビールが加わって、ビール酒造組合を結成している。この組合は、昭和28年の酒税法の成立にともなって制定された「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」(酒類業組合法)に基づいて昭和28年に設立されたものである。
ピルスナータイプ
下面発酵ビールの代表的存在。発祥がチェコのピルゼンなので、こう呼ばれる。軟水で醸造され、淡い黄金色をしていることが特徴。
 
 
佐々木 正幸さん
佐々木 正幸さん
コープランドが醸造する「アマヌマビヤ酒」は、またたく間に在日外国人の間で評判となる。長い船旅を経由してきた輸入ビールに比べると、格段においしいのは、鮮度が違うからである。
コープランドのビール醸造は15年間続いたが、最終的には共同経営者との不仲や経営不振があり、1884年にコープランドは醸造所を手放すことになってしまった。
再び、おいしいビールが飲めない時代に逆戻りしてしまったことを嘆いた人間は多数いたが、その中にトーマスB.グラバーもいた。長崎のグラバー邸に名を残す人物である。
グラバーはブルワリーを再建しようと発起人になり、三菱財閥の岩崎弥之助らに資金援助を依頼。最終的に9人の日本人が資本参加し、1885年にジャパン・ブルワリー社が誕生した。すぐにコープランドの醸造所を買い取り、再建にあたったのだった。
1887年にはドイツから醸造技師・H.ヘッケルトを招き、ドイツから設備も取り寄せて、ブルワリーを本格的に再興。翌1888年にできあがってきたビールの出来は素晴らしく、「日本らしい名前をつけて売り出そう」と意見が一致した。そこでシンボルとして選ばれたのが、空想の動物の「麒麟」である。
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137年後の同じ悩み
その後、戦争中の厳しい時代をも乗り越え、高度経済成長にともなう消費の拡大にも、生産設備の技術革新で対応し、現在は大手4社(アサヒビール、キリンビール、サッポロビール、サントリー)が、業務用と家庭用に多くのビール(と発泡酒)を生産している。
「でも、究極のところ、日本のビールは1種類しかないんです」
社員がたった3人の新しいビール会社・株式会社ビアスタイル21をたちあげた佐々木正幸(代表取締役)はこう言う。
「酒税法上の関係で、発泡酒だとか地ビールだとかいった区分があり、各社が季節ものも含めていろんな銘柄のビールを出しているので、豊富なラインナップのように見えますが、じつは一種類しかないに等しい。日本のビールはラガービールの、それもピルスナータイプ一辺倒ですよね」
ラガーとは、ドイツ語のLAGERNからきた言葉で、低温発酵で長期熟成(二次発酵)したビールのことである。19世紀にドイツで製法が確立されてから、世界的に普及をした人気のビールだ。日本では、圧倒的にピルスナータイプのラガービールがつくられ、消費されている。
「たしかにラガーはおいしいし、広く受け入れられているだけのことはある。でも、ビールはそれだけではないんです。下面発酵タイプにもピルスナー以外のものがあるし、上面発酵タイプのビールもおいしい。もっと広いビールの世界を、日本の消費者に届けたいというのが、ビアスタイル21の願いです」
たしかに、世界を見渡すと、スタウトビールのような変わりビールが数多くあり、それなりの地位を得ている。スタウトビールは上面発酵ビールの一種で、アイルランド発祥。焙燥(熱風乾燥)、あるいは焙煎(ロースト)した麦芽を使っているため、仕上がりは黒くなる。←
モルト
手にしているのは原料となる麦芽(モルト)。スタウトにはこの5種類のモルトをすべて使う。エステラはローストの浅い3種類から作られる。
ガージェリー営業キット
ガージェリーの名刺がわりキット。これを持ち歩いて試飲してもらう。
マーケティング担当の別所弘章氏
こういう感じで勧められる(マーケティング担当の別所弘章氏)。
誰も知らない会社の人間が、誰も飲んだことのないほど新鮮なスタウトビール(ガージェリー・スタウト)とエールビール(ガージェリー・エステラ)をもって、料飲店を訪問する。
そこで名刺はなんの意味ももたない。彼らの名刺は、実際に飲んでもらう試飲セットだ。セットが入った重いカバンを持ち歩いては、試してもらうことから会社が始まった。
「くそ暑い中を、汗だくになりながら電車でビールをもってくるんだ。飲まずに追い返すわけにはいかないだろ」
というのは、ある料飲店の関係者の弁。「よしわかった」と言うと、樽詰の翌日に樽生ビールがお店にやってくる。もちろん、飛び切り新鮮なビールだ。
一軒一軒、足で獲得した料飲店は、都内で約240店舗にも及ぶ。そしてその数は、こうしているいまも着実に増えている。
「本当は、樽詰当日にお届けしたいほどです」
と徹底的に鮮度にこだわる彼らのような地道な活動こそが、日本のビール文化を豊かにしてくれるのだと思う。
もしもお店で「ガージェリー」を見つけたら、ぜひ試して欲しい。「黒ビールは、あんまりおいしいと思ったことがないのよね」「エールもいまいち」などと思っている人にこそ、試してもらいたい。「本物の味」を知れば、きっと評価が変わるだろう。
消費者自身が、その嗜好の幅を広げることが、ビール文化を豊かにするのだ。できれば、ふだんはビールとあわせないような料理とともに味わってほしい。きっと「いつもより、このお料理、おいしいな」と思うに違いないからである。
GARGERYスタウトに合う食べ物
料理
●中華 ●和食 ●フレンチ
● イタリアン(トマトソース以外)
食材
●肉類全般
うまみ成分を多く含み、スタウトと相乗効果を生む
●甘みの強い果実
マンゴー、洋ナシ、桃、バナナ、干し杏
●生牡蠣 ●アスパラガス ●キャベツ ●玉葱
スタウトはDMS(硫化ジメチル)値が低いため、硫黄成分を多く含む食材は、淡色ラガーよりも合う(DMSはアスパラガス・キャベツに、硫化水素は玉葱に含まれる)
また、バター炒めは風味を引き立てるため、より効果的
●チーズ
チーズに含まれる硫黄系の臭いを押さえ、よい香り(ダイアセチル等)を引き立たせる
●ショートパスタ
肉類を使った濃厚なソースであることが多いため

GARGERYスタウトに合わない食べ物
料理
●タイ料理(酸味ベース)
基本的に酸味との相性が良くない
● ギリシア・トルコ料理(トマト+オリーブオイル+塩)
ビールの苦みが増して感じられる
食材
●生魚
刺身、すし、たたき
魚の生臭さが強調される
●海藻類
生臭さが際立つ場合がある
●柑橘系果物
みかん、オレンジ、レモン
酸味が強すぎる
●生野菜
トマト、きゅうり、レタス、長ネギ
水気・酸味が強い
●硬質チーズ(高塩分)
塩味がきついため、スタウトの甘みによって塩辛く感じる
●うどん、ロングパスタ
味のあっさりしたスープ状のソースであることが多いため、濃厚なスタウトに負けてしまう
ビアスタイル21が持ち歩く秘密の営業資料(一部)。料理とスタウトとのマリアージュ資料だ。

ガージェリーが飲めるお店
ガージェリーが飲めるお店のリストは、ガージェリーのオフィシャルサイト・http://www.gargery.com/に掲載されています。

ガージェリーHP


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裏話は編集ぶろぐへ

写真・水上均(醸造所)/阿部真也(インタビュー)
文・古瀬幸広
取材協力・泥武士 広尾店