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Project B/4月 vol.5「B食を生み出した男」
菌は金なり。革命的な納豆菌の「金のつぶ」
日本の大豆文化への挑戦
寒の戻りとなった3月中旬、愛知県半田市のミツカン本社をたずねた。JR武豊線半田駅の小さな広場。雪が落ちてきそうな空の先には、12階建てのミツカン本社の黒いビルがよく見える。
「1994年に入社したとき、所属部署では納豆の影も形もありませんでした。まさかここで納豆の仕事をするとは考えていませんでした」
と話すのは岡本康隆さん。ミツカン株式会社チルド事業カンパニーで納豆の商品開発を担当する。
ミツカンは1804年創業という老舗の食品会社だ。酒粕(かす)から酢を考案して以来200年、この半田で酢を作り続けている。創業当時のたたずまいを残す瓦葺(ぶ)きの建物(工場や博物館)は、半田運河とともに風情をかもし出し、時代劇のロケにも使われている。
「93年から業務用冷凍納豆などを、提携先の会社で作っていました。やがて、ミツカンとして本格的に納豆を手がけようということになり、98年に新ブランド“金のつぶ”が誕生しました」
その背景には、日本の伝統的な食文化へのこだわりがあったという。→
中央研究所
本社の裏にある中央研究所(旧中埜生化学研究所)では、発酵の研究が長年に渡って行われている。
骨は絶えず新陳代謝を繰り返し、カルシウムが離れたりくっついたりしている。吸着する量よりも離れる量が多ければ、骨はスカスカになってしまう。吸着させるためには骨たんぱく質を活発にさせることが重要で、ビタミンK2がその役割を果たすのだ。このビタミンK2を通常の1.5倍以上含む「ほね元気」はその機能性が証明されて、厚生労働省から特定保健用食品の認可を受けた。業界では初めてのことだった。
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独自価値を持つ納豆に付けられる「金のつぶ」
「“ほね元気”は“におわなっとう”よりも先に開発を進めていたのですが、特定保健用食品の認可を得るのに時間がかかりました。許可が降りるまで1年以上を費やしました」
特定保健用食品の認可はなかなか取れるものではないと岡本さんは話す。含まれている成分の証明だけでなく、人で試験をして明確な結果を出さないといけない。2週間「ほね元気」を摂取して血中の骨たんぱく質を調べる、という試験を行った。「ミツカンは、“明確な科学的根拠がなければ健康効果は謳わない”というポリシーですが、それに輪をかけたのが特定保健用食品です」
さらに品質管理が大変だとも。
「油や飲料など、他の特定保健用食品と比べて発酵食品である納豆は成分の変化が激しいんです。大豆原料や生産条件がビタミンK2の生成に大きく影響を及ぼすので、ビタミンK2の量は日々変わります。出荷の時点で足りないと、すべて出荷停止になります。ロットごとにすべて検査するという、非常に厳しい出荷基準でやっています」
ビタミンK2は普通の食品にはほとんど含まれておらず、北欧ではサプリメントで摂取しているという。そのビタミンK2を豊富に含む世界的にも珍しい食品が納豆なのだ。納豆ならではの栄養分を多く含み、厳しい検査のもとで出荷されている「ほね元気」は、年間で約2億食(1食=50g入り1パック)の売り上げを誇っている。→
ほね元気
納豆業界ではじめて特定保健用食品の認可を得た「ほね元気」。
コラム
岡本康隆
岡本康隆おかもと・やすたか
ミツカン株式会社
チルド事業カンパニー
マーケティング本部開発課
開発の仕事に携わって5年目。商品をリリースするまでには、多くの社内調整が必要なのでとても大変。だから形になって発売される瞬間が一番楽しいと話す。33歳。
http://www.mizkangroup.com/
低級分岐脂肪酸
煮た大豆が発酵していく過程では、さまざまな種類のアミノ酸が化学変化をおこす。ムレたにおいや腐ったチーズのようなにおいは、化学変化を起こしたアミノ酸である低級分岐脂肪酸が主成分。社内では通称「におわなっとう菌」と呼ばれている菌は、アミノ酸が低級分岐脂肪酸に変化することがほとんどない。そのため、気になるにおいがしない。
(ミツカンホームページ「金のつぶ学園」より)
ビタミンK2
カルシウムが骨に吸着するにためは、骨たんぱく質が重要な作用をする。活発な動きをする骨たんぱく質に結びつくことによって、カルシウムが骨の中に入っていくからだ。ビタミンK2はその骨たんぱく質をより活発にする。ビタミンKは1929年にデンマークの学者によって発見された成分で、ビタミンK1は緑黄食野菜や海藻に含まれているが、ビタミンK2は納豆以外にはほとんど含まれていない。
(ミツカンホームページ「金のつぶ学園」より)
「いきいき」
3月1日より発売の新商品。新しい発酵法で、ナットウキナーゼが1300FUとポリグルタミン酸が190mg含まれている。ポリグルタミン酸はカルシウムの吸収効果がある。(30g×3パック/参考小売価格(税抜き)158円)
いきいき
「梅風味 黒酢たれ」
黒酢たれ同じく3月1日発売。深いコクのある黒酢をたれに使ったのが特徴。黒酢に着目した健康志向の納豆。(40g×3パック/参考小売価格(税抜き)158円)
ひきわり納豆
通常の納豆は極小粒というサイズで、大粒納豆は大粒サイズだ。ひきわりはその中間くらいの大きさの大豆(生)をひき割る。食べやすいので子供に人気だ。表面積が多いのでたれは濃く、そしてやや甘口にと工夫されている。
専用の器
専用の器市販されている納豆を混ぜる器。でこぼこがあるため、かき混ぜたときに空気に納豆がより触れるのが特徴だ。持参してくれた岡本さんは、「専用の太いお箸とセットで売られている場合もあります」と話す。
賞味期限ぎりぎり
工場
納豆菌を吹き付ける様子
納豆は、納豆菌を噴きつけた煮大豆を容器に詰める。一晩発酵して納豆になるのだ。その後出荷されるが、納豆菌は生きているので発酵は続く(低温保存することによって、納豆菌は眠った状態になる。それでもゆっくりと発酵は行われる)。発酵が進むにつれてにおいは強くなるが、酵素でたんぱく質が分解されアミノ酸ができるのでより旨味が強くなる。それを見越して、賞味期限ぎりぎりまで待つ人も多い(冷蔵庫に保存しながら)。
体に良い納豆
納豆は、骨が丈夫になるのを助けるビタミンK2のほか、ビタミンB2、ナットウキナーゼ、ジピコリン酸などが主な成分。ビタミンB2は、肝臓の働きを活性化し、老廃物などの浄化、皮膚や粘膜を守る力の増進、発ガン物質の分解排出などの効果がある。近年発見されたナットウキナーゼは、血液をさらさらにするので、脳梗塞や心筋梗塞といった血栓症の予防効果がある。O157、コレラ、赤痢など普段体内にない菌に対して抗菌作用があるのがジピコリン酸だ。
 
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岡本康隆さん
岡本康隆さん
「醤油や味噌の原料である大豆と、主食である米。この2つが日本の食文化の柱だと考えます。われわれは“お寿司の酢”というところで米には携わってきたので、今度は大豆を手がけようと。大豆を使った伝統的な食品としてあがったのが納豆です。われわれは発酵技術や菌に強い会社です。納豆が一番、われわれの強みを発揮できると考えました」
酢は酢酸菌が発酵することによってできる。だから、ミツカンでは菌や発酵の研究を200年間行ってきた。1942年に開設された「中埜生化学研究所」(現在の「中央研究所」)には、大勢の研究者たちが詰める。納豆菌の研究は、納豆事業が始まるずっと以前から行われていたのだ。
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2000年9月、「金のつぶ」シリーズから「におわなっとう」と「ほね元気」が発売された。「におわなっとう」は気になる納豆のにおいを抑えたもので、一方の「ほね元気」は骨の形成を促すもの。新しい納豆商品として一躍注目を浴びた。
「これらは使用されている納豆菌が違います。菌の数は発見されているだけでおよそ2万種類。株(個)の単位になると無数にあるそうです。その中から、低級分岐脂肪酸をほとんど作らない納豆菌と、ビタミンK2を多く作りだす納豆菌を探し当てました」
前者は「におわなっとう」に、後者は「ほね元気」に使われている。
「納豆の特徴はにおいとネバネバです。そこでにおいを取ったらどうなるのかな? と調査したところ、納豆が好きな人ほど自分が食べたにおいが気になっていることがわかりました。よく、『食べられない人に向けて作ったんでしょう』といわれるんですが、ヘビーユーザーの方々がにおいを気にするのならニーズに応えなくては、ということです」
納豆のにおいは、アンモニア臭が主な原因と考えられていた。そこに研究を重ね、アミノ酸が変化して作られる低級分岐脂肪酸が直接の原因であることを突きとめたのはおよそ10年前。さらに研究を進めて1999年4月に、アミノ酸が低級分岐脂肪酸に変化しにくい菌を発見したという。
「一方“ほね元気”は、納豆を食べるエリアと食べないエリアで骨折率が違う、というのが開発のきっかけでした。西日本は骨折率が非常に高いんですよ。でも関東や東北は少ない。なんでだろう? 納豆に入っているビタミンK2が影響しているのなら、それをたくさん作れる菌はないのかと研究は始まりました。この納豆菌を探すのにも、3年以上かかりました」←
におわなっとう
においの素になる成分を抑えた「におわなっとう」。
「味や食感は変えずに、納豆に特徴を持たせたことがよかった。“におわなっとう”も年間1億5000万食と人気です。現在ミツカンの納豆業界でのシェアはおよそ13%。第2位です」
トップは常に「おかめ納豆」で有名なタカノフーズで、かなりのシェアを占めるという。しかし、いままで4、5社が団子状態に並んでいた2番以下から、「金のつぶ」の発売によってミツカンが躍り出たのだ。
「独自の価値を持たない納豆には“金のつぶ”ブランドはつけません。“金のつぶ”であるからには、特別な何かがあるのです。今年の新商品はポリグルタミン酸や黒酢に着目しています」
3月に発売になった「いきいき」と「梅風味 黒酢たれ」だ。
「梅風味 黒酢たれ」はたれが特徴だ。いままでも、調味料のミツカンとして、納豆のたれには工夫をしてきた。豆乳を使用した「大豆芳醇」や2つのたれを混ぜることで、ふわっとした食感を楽しめる「ふわとろ」など、様々な種類のたれがある。
「健康に良い黒酢ですが、お酢と納豆が一緒になると嫌なにおいがするんですよ。しかし、うちには“におわなっとう”がありますから商品化が可能でした。酸っぱくなく、さっぱりと食べられます。そこはお酢と調味料のメーカーですのでノウハウはあります」
200年の歴史で培ってきた研究と経験から生まれる納豆が、「金のつぶ」シリーズなのである。「ほね元気」や「におわなっとう」のような革命的な特徴を持つ菌がまた発見されるのを、納豆好きなら期待せずにはいられない。
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納豆を好き嫌いな県
仕事で毎日納豆を食べる岡本さんだが、実は担当になるまで納豆が食べられなかったという。
「納豆は地域によって食べる量も種類もちがうんですよ。購入世帯率で見ると関東が80%程度に対して、私の出身の西日本では60%程度。交通手段の発達にともなって人の移動もあるでしょうから、昔よりは消費が増えたものの、それでも関西の消費量は少ないです。あと四国も」
少し古いが99年のデータを見ると最下位は和歌山県だという。理由はわからない。九州や北海道は比較的よく食べる地方で、北海道では産地がら大粒が消費されている。そして、もっともよく食べるのが東北地方だ。
「福島(1位)、岩手(3位)、宮城(5位)、秋田(6位)と東北地方は納豆消費量の上位を占めます。特にひきわり納豆の消費が多いですね。ひきわりを最初に作ったメーカーは東北だったのかも。また、納豆発祥そのものもひょっとしたら東北かもしれません」
諸説がある納豆発祥の地だが、水戸はお土産として駅前で売られたのがきっかけだとか。そこから納豆屋が増えて有名になったという。ミツカン本社のある愛知県は、そこそこ食べるという東海エリアにありながら全国平均よりもやや下だ。
「じつは、納豆に係わっているうちのスタッフでも、納豆を食べられなかったという人間が多いんですよ(笑)。食べられない人のほうが納豆に対する味覚が敏感なんでしょうか。想像できないかもしれませんが、仕事ではたれをかけないで食べるんですよ」
週に1、2回「目あわせ」が行われている。これは、工場ごとに糸のひき具合や食感を確かめるもの。みんなで集まってさまざまな納豆を試食するのだ。
「分析機器では測れない、官能で評価される部分をあわせるためです。まず30回かき混ぜて糸のひきの強さを見ます。技術のスタッフなんかは、パックを斜めにしてすごい勢いでまわしますよ(笑)。工場では毎日やるので『今日は○点だったよ』といわれると、ああそうかと。もう体が覚えているんです(笑)」
かき混ぜる回数は30。北大路魯山人の「ナットウの食べ方の絶頂」でいわれている400回以上ではない。
「たくさんかきまわすと、糸がなくなったころに旨味が増すとか、ナットウキナーゼが多くなるとか言われていますが、じつは成分は変わりません。ただやはり、空気により触れたほうがおいしくなるので、専用の器やお箸を使用するのもいいかもしれません。おいしくなるといえば、賞味期限ぎりぎりに食べる人もいます」
最後に岡本さんは、納豆はたれを使わないで食べると豆の味がわかると話してくれた。
「あんまりおいしくありませんが、えぐかったり、にがかったり、旨味があったりと、大豆の味がよくわかるのです。一度試してみてください。とはいえ体に良い納豆です! お好きな薬味や調味料を使って毎日おいしく食べてください。これからも多くの人に好かれるおいしい納豆を開発していきます」
200年の時を経て酢の会社は、納豆業界のトップを狙おうとしている。
ミツカン本社ビル
ミツカン本社ビル。裏には江戸時代からの風景が広がっている。
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