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B食倶楽部 食べてきました!今週のピックアップB食店/vol.31
名曲喫茶で、アナログレコードに耳を傾ける「ヴィオロン(東京・阿佐ヶ谷)」
ヴィオロンはフランス語でバイオリンの意味。
客が会話をしない喫茶店がある。大きなスピーカーに向かって椅子に座り、じっとクラシック音楽を聴く——「ヴィオロン」は、今では数少なくなった名曲喫茶のひとつだ。JR中央線・阿佐ヶ谷駅から西に延びる、「スターロード」にある。狭い路地に飲食店が並ぶ商店街の奥、店よりも住宅のほうが多くなったあたりに見えてくる。ツタの絡まった一軒家だ。
ィオロンは、1980(昭和55)年にできた。名曲喫茶が盛隆を見せたのが昭和30年代ならば、ここは新参者といえるのかもしれない。しかし、この店には50年前の名曲喫茶の要素が、たっぷり盛り込まれている。音響装置、レコード、メニュー、そして雰囲気だ。明かりが落とされた薄暗い店内は、雨の日でも、窓から射す光を眩しく感じる空間。革張りの椅子のほとんどはスピーカーに向かって並び、そこで本を読んだり目を閉じたりしているお客の姿がポツンポツンとある。クラシックオルガン、2号自動式壁掛電話機(昭和初期の電話機)、フロア型蓄音機など、店内に飾られているのは年代物のアイテムばかりだ。ほのかな明かりがアンティーク家具を照らす中、ボリュウムをあげたクラシック音楽が流れている。
アンティークがひしめく店内は重厚な雰囲気。ホーン型のスピーカー(写真右下)は、いたるところに飾られている。
スピーカーの前(写真正面)にあるのは1926年製の蓄音機。月に一度、この蓄音機を使ってコンサート(レコード鑑賞会)が開かれている。
の奥を占める、大きなスピーカーは、マスター、寺元さんの手作りだ。上には、筒が末広がりに広がった、ホーン型スピーカーが6つ乗っている。音を増幅させるアンプも、古い大きな真空管が並んだ自作の逸品。今では手に入りがたい1930〜40年代の仕様の真空管など、スピーカとアンプの部品の多くは、わざわざドイツやフランスに出向いて手に入れたという。これらのオーディオシステム——名曲喫茶が流行った時代の言葉を借りるなら「ステレオ装置」——を使って流れるクラシックは、バイオリン音楽が多い。マスターの大好きな楽器だ。「バイオリンは本当にいいですねぇ。でもまったく弾けないんですよ(笑)」と小声で話してくれた。クラシックを愛しているが演奏はできない。だから、そのよさをレコードで伝えようと店を始めたそうだ。もちろんリクエストにも答える。詳しくない人でも、時代や国、好きな楽器などを言えばマスターが選んでくれる。自分の生まれた年でもいい。縁のあるレコードを探してきて、ステレオ装置でかけてくれるだろう。
コーヒーは、(運んできたときに)ブランデー(写真右)かミルクを入れてくれる。
ニューはいたってシンプル。コーヒー、紅茶、ミルク、ココア、オレンジジュース、コーラ(以上すべて350円)と自家製ケーキ(250円)だ。コーヒー1杯で何時間でもいられる。食べ物の持ち込みも自由である。そんなシステムも昔の名曲喫茶と一緒。違うのは、コーヒーの値段が安くておいしいことかもしれない。名曲喫茶のコーヒーは今の1000円(1杯)ぐらいだったという。また、その味はとても薄かったとか。しかし、LP1枚が大学初任給の1割もした時代だ。コーヒー1杯で何時間でも音楽が聞けたのだから、それでもありがたかったに違いない。ヴィオロンのコーヒーは濃くて深い味わいなので、レコードに耳を傾けながら、ゆっくりと飲みたくなるだろう。「クラシック音楽を楽しんでもらいたい」というマスターの思いが伝わってくる喫茶店。雨の降る午後、真空管アンプから流れる暖か味ある音が、やさしい気持ちにさせてくれる。
ヴィオロン
ヴィオロン
TEL. 03-3336-6414
東京都杉並区阿佐ヶ谷北2-9-5
営業:12時〜23時
定休日:火

 
喫茶店の歴史
日本で一番古い喫茶店は、1888(明治21)年、東京・上野西黒門町にできた「可否茶館」といわれている。外交官の父を持つ鄭永慶(ていえいけい)が、イギリスのクラブやアメリカのコーヒーハウスを参考にして作ったという。店内には国内外の新聞や雑誌、ビリヤード、トランプなどが置かれ、更衣室や浴室も完備されていた。1903(明治36)年に日比谷公園内に喫茶店「松本楼」がオープン。名士や文人の集まる、ヨーロッパのサロンを意識してできたのは、「カフェー・プランタン」だった。1911(明治44)年に銀座・日吉町に、50銭の会費を取るクラブとしてオープンした(半年ほどで会員制は中止)。その年、本格的なブラジルコーヒーを出す「バウリスタ」、ビールを扱う「カフェー・ライオン」など、銀座には多くの喫茶店が生まれる。当時、喫茶店(カフェー)はインテリな人々が集まる場所だったが、大正時代終わりごろに大衆化する。洋食やお酒を出し、女性店員がチップをもらう店が数多くできたのだ。一般の人たちも足を運ぶようになり、その頃、「カフェー」「喫茶店」の名称も一般化したという。 喫茶店のオープンラッシュとなったのは昭和初期。特徴もさまざまだったが、夜になるとアルコールをだして客席に女性店員が座る「特殊喫茶店(新興喫茶店)」と、それ以外の「純喫茶」に大きく分けられた。純喫茶の多くは蓄音機でレコードを聞かせていたという。そして、第二次世界大戦後に、再びブームは訪れる。クラシックレコードを聴かせる「名曲喫茶」、ジャズレコードをかける「ジャズ喫茶」もこの頃誕生。1970年代になると、コーヒーにこだわり、自家焙煎をウリにしたり、コーヒー専門店もできた。1981年、「アフタヌーンティ・ティールーム」がオープン。現代のカフェブームの火付け役になったといわれている。
覆面編集部コメント

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ドアの向こうに見えるのがマスターです。
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店内には本が山積みされています。マスターの趣味でしょうか。雑誌「MJ無線と実験」、シューマンの伝記本、1988年発行の童話「アヴァンの冒険(村松定史著)」などがありました。
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毎日のように、店内では演奏会が開かれています(これも名曲喫茶では馴染みの風景でした)。独奏、三重奏、朗読付きなど、スタイルはさまざま。演劇の場合もあります。