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B食倶楽部 食べてきました!今週のピックアップB食店/vol.29
下町の居酒屋文化を伝える親子「大はし(東京・北千住)」
カウンターの常連さんは30分ほどで帰っていく。「毎晩、ちょっと1杯」といった感じだ。
京・北千住の「大はし(おおはし)」は、1877(明治10)年創業という東京最古参の居酒屋のひとつだ。千代田線、日比谷線、JR常磐線、東武伊勢崎線が集結する北千住駅西口の「宿場町通り」にある。建物の老朽化に伴い、2003(平成15)年の冬に改装された。再スタート後も、太い梁、一部の壁、床の玉砂利は残され、その歴史を偲ぶことができる。そして、改装前と人気も変わることなく、店内はいつも活気に満ちている。開店と同時に客が入り、20席ほどのカウンターや4卓用意されたテーブルは、つねに呑み助たちで満席だ。
奥の白衣姿が神野さん親子(手前が彦二さん)。
わう店内をさっそうと行き来するのが4代目店主、神野彦二さんだ。「大はしの親父」と客から慕われている。この道50年以上、今年で75歳という神野さんは、いつも背筋をピンと伸ばしている、粋な江戸っ子だ。注文すると、「おいきた!」と威勢よく掛け声をあげる。そして、テキパキと無駄のない身のこなしで料理を運んでくる。5代目である彦二さんの次男もホールに立ち、共に店を支えている。
「肉にこみ」の味と値段は、改装前と変わらない。
卓上の七味をふって食べるとよりおいしい「肉とうふ」。
業当時は千住大橋のたもとに位置していたので、「大はし」と名づけたという。「名物にうまいものあり北千住 牛のにこみでわたる大橋」。かつての常連、画家・伊藤晴雨の歌が店内には貼られている。詠まれているように、大はしの名物は「肉にこみ」、そして「肉とうふ」(各320円)である。「東京3大煮込みのひとつ」ともいわれている肉の煮込みだ。店のシンボルである、使い込まれた煮込み専用の鉄鍋がカウンター内では湯気を上げている。そもそも128年前、大はしは牛肉専門店としてはじまった。その後、牛鍋屋を経て、3代目の時に居酒屋になったという。 煮込みには、良質のスジとカシラが使われている。サイの目にカットされた肉は、噛むほどに旨みが染み出す。プルプルした食感のゼラチン質の部分もある。そして、「肉とうふ」は、近所の豆腐屋に特注するという滑らかな豆腐を使用。「肉にこみ」と同じ鍋で煮込まれて、中までじっくりと肉の煮汁が染み込んでいる。こちらも「肉にこみ」同様にキリッとした醤油味だ。思わず酒がすすむ。
メニューブックはない。壁の短冊を見てオーダーする。
ハモを湯引きした「活はもさしみ」。
「あさりバター焼き」は、湯気が上がってきたらふたを取る。
には毛筆書きのメニューが貼られている。ほとんどが500円以下で、ほぼ毎日書き換えられるそうだ。人気は近所の魚市場から神野さんが毎朝仕入れるという魚。「活はもさしみ」(500円)は、さっぱりした味わいと品のある香りが魅力的だ。卓上でグツグツと陶板焼きにする「あさりバター焼き」(550円)は、3分ほど待って蓋を開けると、潮の香りの湯気が立ち上る。開いたばかりの貝の中にはふっくらした身。酒と塩で引き出されたあさりの旨みに、病み付きになってしまう。
「亀甲宮」を梅割りで注文すると、梅シロップとお湯が付いてくる(値段は変わらない)。
ウンターの奥には、三重の焼酎「亀甲宮」のボトルが大量に並んでいる(1250円。氷や梅シロップは無料)。キンミヤの愛称で知られる、すっきりまろやかで飲みやすい酒だ。癖がないので、どのつまみとも合わせられるだろう。神野親子は、馴染みの客の名前をよく把握しているようで、着席すると同時にさっとボトルを用意していた。酒場接客の達人である親父さんと、その背中をしっかり見続ける息子さん。東京の居酒屋文化を背負う親子鷹だ。
おおはし
おおはし
TEL. 03-3881-6050
東京都足立区千住3-46
営業:16時30分〜22時30分(祝〜21時)
定休日:日

 
北千住
千住は、江戸時代に栄えた宿場町。東海道・品川宿、甲州街道・内藤新宿、中山道・板橋宿と並ぶ、江戸四宿のひとつである。1625(寛永2)年に日光街道の初宿に指定されて以来、千住宿として江戸時代に繁栄した。参勤交代の大名や勅使たちが泊まる宿が建てられ、多くの人々が集まってきた。やがて、農作物を地方から江戸に運ぶ中継地としても栄え、隅田川に近い千住河田町には「やっちゃば」ができた。やっちゃばとは青果市場のことで、せりの声が「ヤッチャヤッチャ」と聞こえたことから、そう呼ばれたという。 1843(天保14)年、千住の人口は9956人。東京でもっとも大きな街だったという。北千住駅周辺は、荒川と隅田川にはさまれている。北の荒川には「千住新橋」、南の隅田川には「千住大橋」がかけられている。2つの橋を通っているのは、国道4号線(日光街道)だ。1594(文禄3)年にかけられた千住大橋は、当時は江戸への入り口であった。江戸時代の300年間、一度も流されなかったため「名橋」ともいわれた(明治18年に台風で流出してしまう)。現在は、1927(昭和2)年と1973(昭和48)年に建造された2本の橋がかかっている。
覆面編集部コメント

i09
ほとんどの料理が2分以内でサッと出てきました。上から、「あま鯛南蛮漬け」(400円)、「自家製かにコロッケ」(480円)、「活赤貝さしみ」(450円)、「揚げ出し」(320円)です。