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2011年11月14日(月曜日)
[ 17:55 ] [ Songs On My Mind ]
   

今日はまた夕方から雨になりました。  雨 

この前、quesoさんがブログに「雨の日に聞きたい曲」という事で 

断然シャーデーの「スウィーテスト・タブー」を挙げると書かれていまして、 

他の方のコメントにはショパンの曲、ナラ・レオン、ノラ・ジョーンズ、 

オスカー・ピーターソン、ユーミンの「青いエアメール」、 

そして、ずばり「雨音はショパンの調べ」などが挙がってました。 

みんな雰囲気は分かりますよね。  ひらめき


私は雨の日の雰囲気にどっぷりウェットに浸りたい(?!)ので・・・、

↓こんな曲が好きなんです。

  

 

J・D・サウザーとイーグルスのグレン・フライが作った曲、 

「Last In Love」のJ・Dがライブで歌ってるバージョン。 



 

本当はニコレット・ラーソンのファースト・アルバムに収められていた 

バージョンが一番好きなのですが、you tubeにライブのものが 

あったので彼女の姿は見えませんがこちら。 ↓ 

 

1997年12月16日、45歳で亡くなったニコレット・ラーソン。 

雰囲気は雨の日。  雨


 

さて、話は変わりまして・・・、4月から更新のなかったyoukoさんの

ブログでございますが、11月から別のブログで再開をしたようです。

それはこちら→「よーこ&時々しゅうの食べチャリ記」。

あいかわらず「食べて飲んで自転車旅の記録」ということですが、

たまには「B食」にも戻ってきてほしいと思うビアずきでした。  ひらめき

 

2011年8月26日(金曜日)
[ 21:39 ] [ Songs On My Mind ]
   

昔、宇崎竜童氏はアメリカ人になりたかったのだという・・・、 

私はイギリス人かフランス人になりたかったのね。 

だって、ハーマンズ・ハ−ミッツとかビートルズとか、 

ジョニ−・アリディーとかカッコ良かったんだもん。 

そうそう、世界の皆さんこんにちはとアイドルになりたかったけれど、 

そんなに魅力もないし、作曲は「村のお祭り」みたいのしかできず、 

才能ないので涙を呑んでおりました。  泣


で、宇崎氏に話を戻して・・・、彼はある時、大嫌いだった美空ひばりの

曲を歌う羽目になり、つかこうへいさんに曲を聴きこむことを

強いられた。で・・・、初めてまともに聞いたお嬢・美空ひばりに

涙して、「俺はやはり日本人だった。」と自らのアイデンテティに

たどり着いたと言う。


 

そうなんですよね。私もなんだか辛い時や自分を鼓舞したい時って

口ずさむのは演歌や歌謡曲だったりして・・・、人生劇場や王将、

三橋美智也や村田英雄、そしてお嬢ももちろん・・・、イントロを聴いて

すらすらと歌詞が出てくるのは何故なんだろうと思ったことも。

 

 


  

越後獅子、角兵衛獅子ともいう旅の大道芸人、実在したのは 

江戸時代までだったと言うのですが、「サーカスに売っちゃうよ」とか 

「橋の下で拾ってきたのだから」などという親の脅し文句の中に 

あったかも・・・、孤児になったら嫌だなぁ、親方さんにばちで打たれたら 

痛いだろうなぁ〜・・・なんて思って聴いていた。


子供のころ歌の上手い近所のお姉さんたちを「ひばりさん」と

呼んでいたと言う南こうせつ氏は2000年に出た

 

美空ひばりトリビュートアルバムで石川鷹彦、吉川忠英のギター、

斎藤ネコのヴァイオリン、村上ポンタ秀一のドラムなんて

豪華なメンバーのバックでこの唄を歌っていますが、

あまりににも淡々と歌うので、なんだか怖い。

 

2011年4月5日(火曜日)
[ 17:19 ] [ Songs On My Mind ]
   
あのね、最初に断っておきますけれどこれは私がいかにおっちょこちょいかって話なんです。あまりにも馬鹿馬鹿しくて面白く無いけれど、一応反省の意味も込めて書いているんです、すみません。    え〜、今を去る事22年余り前に私の妹の結婚式がハワイでありまして初めて家族でハワイへ行ったのですが、昔の仕事仲間の友人が日系の方と結婚してホノルルに住んでいたので再会ついでにオアフ島を案内してもらったりしてとても楽しかった思い出があります。その友人の車で移動中、車の中で聴いていたFM局がやたら良い曲ばかり流しているのでずっと聴き惚れていた私でしたが、一番耳に残った印象的だった曲が「ホノルル・シティライツ」という曲。とってもメロディアスでこの地を離れがたいという歌詞がいいんですよね。ホテルのプールサイドでちょっと贅沢なサイミン(細麺)を食べてる時にもどこからか流れて来たりして・・・、歌っているのはケオラ&カポノ・ビーマ−、78年のヒット曲だというのでもう地元では誰もが知ってる有名な曲だったらしいし後にカーペンターズが取り上げて世界的にも有名になったし、日本でも小林明子や杉山清貴も歌ってます。 で、日本に帰って来てしばらくしてカーペンターズのバージョンはCDで買ったのですよね・・・、で、それを別の友人に貸して、そのままになっちゃって、(そーいうこと、よくありますよねぇ、私も貸したまま、借りたままなんてのがいっぱい、汗!!) いいや、あれあげちゃうね、なんて話になってたりして。そしてこの曲は良い曲だというイメージだけが残って実際、曲をしばらく聴いてなかったのですね。それから20世紀が終り21世紀がやって来ました。(こう書くとすごい年月が経ったみたいですねぇ。) 私はある時ハワイアンの最新ヒットのコンピレーション・アルバムを買ったのですが、その中に入っていたロビ・カハカラウという女性の歌う「マークア」という曲を聴いて「あっ、これはホノルル・シティーライツだね。」と勝手に思い込んでしまったのですよ。実際に「ホノルル・シティーライツ」という歌詞もあるし、また彼女の声質がカレン・カーペンターを彷彿とさせるのですよね・・・、曲も良いし。それで私は後輩に「これはあのカーぺンターズで有名な 曲の元歌なんだよ。」なんて得意満面で聴かせたりしてたんです。   それからまたしばらくしてハワイアン・スラック・キー ・ギターのコレクションアルバムを聴いたら今度はビーマ−兄弟のケオラのソロであの「ホノルル・シティーライツ」が入っていたのですょ。 懐かしい曲にまた会えたなぁ〜なんてライナーノーツを読んでたら、この曲はケオラのオリジナルだと 書いてある・・・、あれれ、あの「マークア」もロビの自作自演じゃなかったっけ?! いったいどういうことになっているのかしらんっ。とそこで、初めて二つの曲を聴き比べてみると・・・、ややや、雰囲気は似てるけれど、こここれは「 全然別の曲。」と、はじめて気がつく愚かなわたくし。当然、ひとり赤面っ!!  その時からまた時を経て・・・、まぁ、 同じ曲と思っていたのが違ったのだから好きな曲が2曲に増えて良かったんじゃないの・・・と思える境地になりましたが・・・。本当にホノルルの夜景綺麗なんですよね。あの頃はタンタラスの丘って危ないから行っちや駄目なんて言われてたから行かなかったけれど夜中、人通りの絶えたワイキキの海沿いの道の横断歩道の花のマークを照らす街灯をぼんやり眺めているのもなかなか良かった。   教訓「他人の早とちりは蜜の味かも知れないが、自分のはとても苦いです。」
2011年4月3日(日曜日)
[ 10:35 ] [ Songs On My Mind ]
   
そうなんだよなぁ。俺にとってはさぁ、サザンよりはブレッド&バターのほうなんだよね。 あれは1980年か1年頃の曲なんだよ、だからあの建物がまだあった頃で昔の彼女を思い出してるって ユーミンが書いた詩なんだよね。♪君がもしいてくれたならば僕は変わりはしなかった〜♪なんて 未練たらたらでさぁ、ほんと俺の事みたいでさ、ははは。でも、ほんとあれは憧れのホテルだったんだ。 夏になると大磯の伯母さんちへ海水浴に行くんだけど親父の車に乗って海沿いの国道わきにあの建物が 見えたらさぁ、ああもうすぐだってワクワクしてきちゃうんだよね。そう、純粋に憧れ、でもさぁ高校生に なった頃には違った「あこがれ」の気分になったよね。俺さ、幼馴染みの奴と一緒に夏休みのバイトしたんだよね。 それがさぁ、あの茅ヶ崎の国道わきに停めたバンの中でホットドッグ売るってんだけど24時間勤務なの、ははは。 そう、車の中で奴と交代で寝てさ1週間以上はやった気がするなぁ・・・。嫌だったねぇ、汗かいてさぁ、 着替えなんてたいしてないし、あのホテル、そう地元の人は「パーク」って呼んでたよね、そこのトイレを 借りに行くの。あのあたりの前の浜は遊泳禁止だったからサーファー達しか海に入らないしトイレや他に 施設は無かったんだ。汗臭い身体でさトイレで顔洗ったついでに身体も拭いたよう、へへへ。ほんと、周りは ハイソサイエティばっかで、俺達だけ貧乏人ってしっかり分かる様なカッコしてたもんねぇ。しょぼいよ。 金持ちとかってそれまで意識した事なかったけれどあの差は強烈だったね、後引いたよ。スパゲッティなんて いったらミートソースかナポリタンしか知らなかった奴がボンゴレとかバジリコとかカルボナーラなんて見て なんじゃ〜っこりゃ〜っとか言っちゃってるもんね、あははは。・・・えっ、ホットドックの売れゆき?! あんまり売れなかったよね、当然だけど。でもさぁ、暗くなるとアベックのお客がけっこう来るんだよねぇ、 あんな所でね。で俺達、男子高だったからさ人の彼女だったとしてもカワイイ子が来たりすると色めき立つん だよねぇ、用も無いのに寝てるのを起こしたりして・・・、いやカワイイ子が来たら絶対起こせよなんて 言って交代したりしてたもんね、へへへ。俺達も可愛いもんだったよ。俺も彼女出来たらパークのプールで 泳いで、ボウリングして食事して・・・、なんて夢見てたもんね、金ないのにね。       あれから大人になってすこしは金がかせげて彼女も出来たけれどあの場所へ一緒に行った事は無かったね。 でも、あの雰囲気けっこう好きだったな、いつも新しい何かがあってそしてワクワクするような気がする所、ほんと「ここはすこしも 変らない」かんじで残っていて欲しかったね、ほんと。