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2010年9月13日(月曜日)
   
<お料理編>から続きます。

フランス菓子の名店「ルコント」が、
この9月26日(日)にクローズとなるため、
その前にとブラッスリーでの食事会を開催しました。
アンドレ・ルコント氏がお菓子や料理を通じて、
日本に伝えたフランス文化。
そのエスプリを存分に感じさせてくれる
スペシャルなメニューを組んでいただきました!

二番目のデセールですが、先に、カットする前の
ホールサイズのものを見せていただきました。
大きさ対比のために、ペリエ瓶を横に置いて撮影。
直径は18cm?
でも高さがあるためか、もっと大きく見えます。

パリ・ブレストは、フランス最大の自転車レース、
ツール・ド・フランス(Tour de France)
ゆかりのお菓子と言われています。

毎年7月に行われるこのレースは、
二十数日間にも及び、全行程を区間に分けて
フランス国内を巡るタイムを競うもの。
このレースの前身として、1891年に、パリと、
ブルターニュ地方の町ブレストとの間、
すなわちパリ=ブレスト間の自転車レース
「パリ・ブレスト・パリ」(PBP)が行われました。
パリ〜ブレスト間の約1200kmを
90時間以内に往復するというもの。

伝統菓子にはよくあることで、
パリ・ブレストの由来も諸説あるのですが、
この、自転車レースの開催を記念して
作られたと言うのが、1つの有力な説。

パリのロングイユ通りというコース沿道にあった
「メゾン・ラフィット」という菓子店の職人、
ルイ・デュラン氏が考案したと伝えられています。

リング状に絞ったシュー生地に、
クレーム・プラリネを挟んだ姿は、
自転車の車輪をイメージしているそう。
上には、アーモンドスライスをたっぷり振りかけます。

ちなみに、上にアーモンドが無く、
中にクレーム・シブーストを使ったものは、
パリ・ニースと呼ばれるそうです。

中に挟むクリームにも、イタリアンメレンゲを
加えた軽いバタークリームを使ったり、
カスタードを加えたり、シャンティを加えて軽やかにしたり。
お店によって、シェフによって、少しずつ
アレンジされていますね。

捧シェフ曰く、いらした当時のルコントの
パリ・ブレストは、クレームパティシエールにバター、
プラリネ、シャンティー、イタリアンメレンゲも加えた、
スペシャル・クリームだったそう。

「それ、クレーム○○って言うとしたら何でしょう?」
と伺うと、
「他に同じように作るものが無かったですね。
クレーム・パリブレストとしか言い様がないかも・・。」
と。

様々な手間がかかるためか、お菓子屋さんでも、
パリ・ブレストを、ましてホールサイズで
見ることはごく稀なのですが、2010年は、
クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワが
ツール・ド・フランスに合わせて
7月にプロモーションに取り組まれたこともあり、
クラブ会員各店に、パリ・ブレストが登場しました。

それらも又、プティガトーサイズだったり、
夏場に合わせて、シャンティー・オ・プラリネの
軽いクリームだったりと、シェフの皆様も
現代の嗜好に合わせて、伝統をベースにしながら、
試行錯誤されている様子が伺えました。
Eufs à la neige souce anglaise
ウフ・ア・ラ・ネージュ、ソースアングレーズ

今回ご一緒してくださった
「プレジール」の捧シェフには、デセールは
クラシカルなものを2種類ご用意いただく、
ということだけ予告していたのですが、
お店のスタッフの方達と、
「何だと思う?」と予測されていたそうです。

それが、見事的中した!とのこと。
1つはこの、ウフ・ア・ラ・ネージュで、
あとパリブレストか、クレームカラメルのような
スタンダードなものではないかと想像していた、
とのこと。

私も、ここで初めて、ウフ・ア・ラ・ネージュという
デザートに出会ったのです。

ウフ・ア・ラ・ネージュは、レードルですくって
ポシェするイメージがありましたが、
こちらのは四角いんですよね。
捧シェフ曰く、カードルに敷いて、
オーブン焼きしているということ。
蒸し焼きみたいな感じなのでしょうかね。
それを外してから飴のプレートを貼り付けるのですね。

捧シェフは、1997年にルコントに入社。
その後、オテル・ド・ミクニ、アロマフレスカを経て、
ロワゾー・ド・リヨンでスーシェフをなさって現在に至ります。
なので、生前のルコントさんのこともご存知でいらっしゃる。

ルコントで「フリアン」と称するフィナンシェの
美味しさに感動したことが、パティシエとしての
人生の原点にあるのだそう。
今の「プレジール」のフィナンシェにも、
その時の感動と敬意が込められているそうです。
そのお話を聞いて、私も改めていただいた
ルコントの「フリアン」、実に美味しかった!

この日、15年前にルコントに入社されたという
スタッフの方にも、ルコント氏との思い出を
お話しいただきました。

その方も最初、「ケーキ屋なんか・・」と思っていたら、
「ムース・オ・ヴァン・ブラン」という白ワインのムースを
ここで初めて食べて、
「この世にこんな美味しいケーキがあるのか!」
と驚愕されたそう。
その感動があって、15年間続いたとおっしゃいます。

入られたばかりの頃は島田進シェフが
現場を統括されていて、でも、雲の上の人で
とても話しかけられなかった、と。
その後、籖轡轡Д佞醗貊錣貌かれた時期が
長かったそうです。

それでも、ムッシュ・ルコントが亡くなられた際の
衝撃が大きく、一度お店を離れられたそうですが、
リゾート関係の業界に入られて、そこで役立ったのが、
ルコント氏に教えられた、お客様に対するおもてなしの心。
ホスピタリティだったと振り返られます。

ルコント氏との思い出と聞かせてくださったお話。
キッシュをお客様に出すのに、最初から
オーブンで温めなおすと時間もかかるので、
ほんの20秒ばかり、電子レンジで温めてから、
オーブンに入れて提供されたそう。

でもたったそれだけのことが、ルコント氏には
しっかりわかってしまい、お客様の前で、
ものすごく怒られたそうです。

また、掃除がちゃんとできていないと怒られ、
営業時間に、その場でお客様の間を縫って
掃除をしなくてはならなかったり・・

妥協の無い、厳しい方だったですねと、
捧シェフとともに頷きあいながら、
ルコント氏のお人柄についてお話くださいました。
二番目のデザート、パリ・ブレスト。
中身が全部クリームだと重たくなるので、
シューをエクレールみたいな形に絞り、
所々、中に入れて量感を出すとともに、
全体の味のバランスを整えています。

この、断面に現れたかさ増しシューを見ると、
これぞパリ・ブレスト!という感じで
嬉しくなります・・。

中に詰められたクリームは、おそらく無糖。
乳のミネラル分が感じられ、塩味?と思うくらい。
シュー生地も、かなり強めに塩分が効かせてあり、
だからこそ、コクのあるプラリネクリームと、
ちょうどバランスが取れるようになっています。

プラリネは、既製品も販売されていますが、
こだわりのあるお店は、石のローラーをお持ちで、
手間をかけて自家製で挽いていらしたりも。
それだけ新鮮で、香りも鮮烈に。
何回ローラーにかけるかで、粗めとか、
それも好みで調整できるそうです。

捧シェフ曰く、ルコントには、当然、ローラーがあって
自家挽きのプラリネを使っているそう。

アーモンドをオーブンでローストする時も、
ナッツを濃くローストすれば、パンチのある
プラリネができるので、自家製であれば、
その調整ができると作り手はおっしゃいます。
キャラメリゼの具合によっても、味わいが違ってきます。

バターもたっぷり、しっかりとした食べ応え。
でも、重たいのとは違って、最後まで
美味しいなぁと思わせてくれるバランスのお菓子。
そのすごさを改めて実感します。

でも、健啖家が揃ったメンバーでも、さすがに、
皆さんお腹一杯!のフルコースでした。
店内にさりげなく飾られた絵画や照明器具、
キャラフェなども、1つ1つ、それだけで
価値ある美術品なんだなぁ・・としみじみ。

捧シェフも、「道具とかもこの後どうなるんだろう?」
と気にされていらっしゃいました。
ゆかりのある方々が譲り受けられて、
こういった品々もまた、大事に使われ、
受け継いでいかれるといいですね。

宝石をちりばめたように美しく贅沢な
ルコントのフルーツケークも、
マダム・ルコントが築いてきた信頼関係と、
フランス各地とのルートがあってこそ、
作ることができたもの。
「もう、日本であれほどの超一級の素材を
使ったものは、作れないと思います。」
と、お店の方もおっしゃっていました。

ねずみの姿が愛らしいシュー菓子のスウリーや
スワン、バレンシアなど、
ルコントの代表的なケーキ達。
シャルロット・オ・ポワールにマルジョレーヌ・・。
6月にはガトー・ミュゲ、復活祭にはパックの
お菓子に出会えたのも、やっぱりここでした。

ガトーの一部は、パティシエ・シマに
引き継がれていく気配もあるのですが、
もう一度改めていただいて、今の姿を
しっかりと胸にとどめておきたいです。

「ルコント」関係者と、アンドレ・ルコント氏に感謝を込めて。
心に残る食事会を、ありがとうございました。

ルコント青山本店(フランス菓子店)
東京都港区南青山1-1-1 新青山ビル西館B1
地下鉄銀座線青山一丁目駅 徒歩1分
TEL 03-3475-1770
営業時間 月〜金 09:30〜21:00
土 10:00〜20:00
日・祝 10:30〜19:00

※ブラッスリー、パティスリーともに、
2010年9月26日(日)、15時をもって営業終了となります。
ブラッスリーは通常日曜定休ですが、この日だけ営業されるそうです。
B食店情報
・店名 : ブラッスリー・ルコント(ぶらっすりーるこんと)
・ジャンル : 欧風料理-フレンチ
・住所 : 東京都港区南青山1-1-1 新青山ビル東館B1F
・TEL : 03-3479-2838
・営業時間 : 月-金 10:30-20:30(L.O.19:30)、土・祝 10:30-20:00(L.O.19:00)
・定休日 : 日曜
・最寄り駅 : 青山一丁目
・キーワード : 巨匠アンドレ・ルコント氏のエスプリを伝えるクラッシックなフレンチ、2010年9月26日クローズ予定
・友人・同僚 / デート / 一人
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「ルコントの夕べ」と称する食事会を、
「幸せのケーキ共和国」で開催しました。

あのフランス菓子の名店「ルコント」が、
間もなく閉店となる、というお話を伺って、
企画した内容です。
閉店日は、9月26日(日)。
ブラッスリーパティスリーともに15時までとなったそうです。
(すみません、当初のお知らせから時間変更がありました)

おかげさまで、忘れがたい、楽しいひと時を
過ごすことができました。
「ルコント」の皆様、ご参加いただいた皆様、
どうもありがとうございました。

「ルコント」は、1968年、フランス人パティシエの
アンドレ・ルコント氏が創業した、
日本で最初のフランス人によるフランス菓子専門店。

「パティシエ・シマ」島田進シェフをはじめ、
「レ・アントルメ」籖型次シェフ
「キャトル」東健司シェフ
「ロワゾー・ド・リヨン」加登学シェフなど、
ルコントで学んだパティシエのお店は多く、
その技術と精神とは、脈々と今に受け継がれています。

1999年にルコント氏が亡くなられた後も、
マダム・ルコントと彼の遺志を引き継ぐ
職人達によって受け継がれ、
1994年にはブラッスリーもオープンしました。

そのように、フランス菓子界に名を残す
「ルコント」ですが、この9月、その歴史に
幕が下ろされることになりました。

その前にぜひ!とブラッスリーでの食事会を
企画した次第です。

嬉しいことに、今回、ルコントで最初に
パティシエとしての修業を始められたという、
「パティスリー プレジール」の捧雄介シェフにも
ご参加いただき、思い出などを伺いながら、
という贅沢な時間を過ごすことができました。

メニュー内容は、事前に、
シェフのダニエル・パケさんと打ち合わせて、
フレンチのスタンダードで、クラシカルなものを
という希望に沿って、スペシャリテを揃えていただきました。

<H.O.V. froid>
Fondant d’aubergine en gazpacho
フレッシュなガスパチョ、柔らかな茄子と共に

<H.O.V. chaud>
Flan de cèpes au beurre de basilic
セップ茸のフラン、バジルの香り

<Poisson>
Bar en croûte farci de mousse de homard et son coulis
スズキとオマールのムースのパイ包み

<Viande>
Carré d’agneau rôti vrai jus
Légumes de saison
骨付き子羊のロティ、季節の野菜添え

<Dessert>
Eufs à la neige souce anglaise
ウフ・ア・ラ・ネージュ、ソースアングレーズ
Paris Brest
パリブレスト

Pain de campagne , Caf é
自家製田舎パン、コーヒー

ブラッスリーらしく、前菜もしっかりめ量。
ガスパチョは、ぴりっとニンニクが利いた超王道。
初秋らしく、茄子をペースト状にしたものを底に敷き、
上からたっぷりとスープをかけて。
残暑にぴったりの冷たいオードブル。
秋の収穫の喜び。
セップ茸の香りを包み込んだフラン。
バジルの香りを添えているのが、
意外にも思われたのですが、いただいてみると
綺麗にまとまっていて。

最近、こういうバターでモンテした
ベーシックなソースは、逆に
フレンチではあまり出会わなくなったかも知れない。

ここで、André Lecomte(アンドレ・ルコント)氏と
「ルコント」について歴史を紐解いておきます。

<ご経歴>
 1931年 フランス・フォンテーヌ・ブロー生まれ。13歳で菓子職人の修業を始める。
 1956年 ホテル・ジョルジュサンクのシェフパティシエに就任。
 1963年 ホテルオークラの招聘で来日。
 1968年12月17日 六本木に、日本初のフランス人パティシエによるフランス菓子専門店「A.ルコント」を開店。
 1968年 フランス料理アカデミー日本支部創設のために尽力し、初代会長を務める。
 1978年 店舗を六本木から青山に移転。
 1994年 「ブラッスリー・ルコント」を青山にオープン。
 1999年 ご逝去。

東京オリンピックの前年に来日。
この時期、日本にやっていらした料理人や
パン、菓子職人の方は多く、日本のフレンチの礎に
貢献されています。
生前のルコント氏とも親しくされていたという
ブーランジェのフィリップ・ビゴさんも、
1965年に来日されていますよね。

何よりも、日本人に本場フランスの味を知ってもらおうと、
フランスと同じ材料・同じレシピにこだわった方。
“Tout a la Francaise”(万事、フランス流に…)が
信条でいらしたそうです。

シェフとしても一流で、1979年の東京サミットの際は、
フランス大統領主催晩餐会の料理も担当されたそう。

その業績を記念して、2005年より、
洋菓子コンクール「アンドレ・ルコント杯」が創設され、
二年に一度開催されています。

私は、2007年、第二回コンクールを
取材させていただきましたが、
「パリ・ブレスト」と、新作のシュー菓子という
古典的でベーシックな菓子の技術と、
それを自分流に噛み砕いて応用する力とが
問われる内容の課題が出されていました。

来年、2011年には、第四回コンクールの
開催が予定されています。
スズキとオマールのムースのパイ包み。
アンクルートです。

ウロコの模様の照りも美しい!
人数が集まってこそお願いできた、スペシャルメニュー。
さらにオマールのハサミが・・・なんと贅沢な!

今回、こんな素敵なお料理を作ってくださった、
ブラッスリーのシェフ、
Daniel Paquet ダニエル・パケ氏
についても、ご紹介を。

<ご経歴>
 1949年 フランス・ブレス地方生まれ。
 1966年 ホテル「プラザアテネ パリ」、1968年 レストラン「ル・ドワイヤン」、1971年レストラン「ル・ミューラ」を経る。
 1972年 パリ「マキシム」(当時3ツ星)に勤め、シェフソーシエ、スーシェフを歴任。
 1976年〜1984年 銀座「マキシム・ド・パリ」で総料理長を務める。
 1984年 「ルコントコンパニー」の総料理長に就任。

古くからいらっしゃる従業員の方がおっしゃるには、
「本当に紳士。温厚でジェントルマンな方!」と。
断面も、うっとりするような見事さ。

淡いピンク色のオマールのムースを挟み込んだ、
しっとりほろっとした白いスズキの身。

この甲殻類のソースが美味しすぎる・・。
パンですくって残らずいただいてしまいました。

骨付き子羊のロティ、季節の野菜添え

パネしたキャレ・ダニョーのロティー、これも王道クラシカル!
肉汁を詰めた感じのシンプルなソースと、
ズッキーニなどの夏野菜を添えて。

ここまでで、すでにかなりお腹一杯のボリュームですが・・
<デセール編>に続きます。
B食店情報
・店名 : ブラッスリー・ルコント(ぶらっすりーるこんと)
・ジャンル : 欧風料理-フレンチ
・住所 : 東京都港区南青山1-1-1 新青山ビル東館B1F
・TEL : 03-3479-2838
・営業時間 : 月-金 10:30-20:30(L.O.19:30)、土・祝 10:30-20:00(L.O.19:00)
・定休日 : 日曜
・最寄り駅 : 青山一丁目
・キーワード : 巨匠アンドレ・ルコント氏のエスプリを伝えるクラッシックなフレンチ、2010年9月26日クローズ予定
・友人・同僚 / デート / 一人
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