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2011年4月17日(日曜日)
[ 11:34 ] [ その他板橋区 ]
   
 

(あの日あの時 PART1) 

さて、地震がおさまってから、ライフストアに入ろうとしたけれど「入らないでくださーい!」とガードマンさんに止められて、中に入れてもらえなかったわ。そりゃそうよね、余震が来たら、ケガの元よね。大きい地震の後に、スーパーに入るのはやめましょうね。(←私が言うな)

そして、その後、仲宿商店街を歩いていたら、酒屋さんの硝子が割れてて、酒瓶が割れまくってて思わず「もったいなーい」と連呼する不謹慎な私達。レンガが落っこちてる所もあったわ。金物屋さんのラジオに聞き入っていたら、どうやら三陸沖が震源地の模様だったわ。

 

ちなみにパチンコ屋さんは、店もお客さんもブレなく営業中で、もしかしたら地震中、一番冷静な方々だったと思われてよ。余震の心配を微塵もしていないその姿は、もはや神々しいわね。(しかも仲宿も大山も全店共通)

 

あら?電気屋さんの前に人だかりが・・・?

 

力道山の空手チョップを観る人の山のように、電気屋さんのテレビの前に群衆が集まっていてよ。ニュースでは、地震速報。宮城県が大変なことになっていたわ。

 

そのまま、板橋区役所前駅に向かったら、三田線は止まっていたわ。
 

そして、大山へ向かう途中、高速道路の下でまた大きな余震。高速道路の階段が「ゴォーンゴォーン」とものすごーく嫌な音を立てていてよ。

途中、大きなワンちゃんがものすごく情けなーい表情で飼い主さんに抱かれててかわいかったのを今でもよく覚えているわ。


 

 

私やおはらんの行きつけのスパイスショップロショナも大変なことになっていて、店頭には「配達中」の紙が貼ってあったけれど、帰ってきたら大変、と思っていたら、木林森の奥さんのビビアンが、子供連れて私の肩を叩いてよ。「大丈夫でスか、とてもこわかた。」顔がこわばっていたわ。でも私らの顔見てくしゃっとした顔して、ちょっと笑っていて、ああ良かった、みたいな。

そこへ、ロショナの店員さん兼ルチの奥さんが看板娘を連れ、余裕のない顔で帰って来て、鍵を開けてものすごく悲しそうにお店の中を片付けていたわ。そこにまた余震。揺れる大山。
 

そこにバラバラバラと音がして、見上げれば、

 

 

自衛隊機が見えてよ。練馬かどこかから飛び立ったのね、きっと。ちゅんさんと二人で、商店街の真ん中から空を見上げて叫んだわ。「頑張って―!」「あなた方のためにちゃんと税金払うわよー!」(←実はちょっとだけ脱税を考えてた)

 

JCOMと言い、テレビのある所には、必ず群衆がいたわ。

 

昼間にやよい軒が閉まっている貴重な映像。

 

大山のパチンコ屋さんもブレなく営業中。地震中一番冷静だった人々。

 

大山駅。

 

私    「ねー、13時47分になってるわ。14時じゃなかったっけ?」

ちゅん 「そうですよね、あれからまだ一時間経ってませんよね?」

二人で大声で話していたら、駅員さんが「すみません、そうですよね。」とやって来て

 

訂正していったわ。

 

 

どこも飲食店は、営業停止中。

 

この中華飯店も営業してなくて、よく張り紙を見てみたら

 

店員さんへ伝言が、こんなとこに。中国4000年の知恵は、案外こんなもん。


 

さて、この日は、ちゅんさんのリクエストでSANKYUに行くことになっていたのだけれど、18時から予約を入れていたわ。ちょっと早いけれど、SANKYUに行ってみましょうと、SANKYUに行ったら、マスターがまだ夕飯中でもぐもぐしてたわ。

「じゃあ、別の所に飲みに行きましょう」と言うことで、鏑屋に向かったわ。「余震が来て揺れてるから、じゃあ飲んで私達も揺れちゃえば、わからなくなるわよね」(←飲兵衛理論)

 

と言う訳で鏑屋で乾杯!

 

ちなみに鏑屋は、相変わらず飲兵衛達で大盛況!いつもと変わらず酔っ払い達が煮込み突いて飲んでいたわ。途中、結構大き目の余震もあったのだけれど、誰も気にしていなかったわ。テレビもついていたけれど、誰もそんなもん、観ちゃいねえ。パチンコのお客さんなみにブレのない人種、鏑屋で発見!(私らもその中にいるわ、多分)

ふと、落ち着いて、ツイッターとか観てみたら皆さん、地震関連の真面目な書き込み多数。中には「ロザリーさんと連絡が取れません」「ロザリーさん、大丈夫ですか。地震以降書き込みがありません」とか心配されているし。「あらら、私、心配されちゃってるわ・・・。じゃあ、心配しないように、何か書きこんでおかなくちゃ」と言う訳で、現在の状況を写真と一緒に書きこんだわ。

 

「鏑屋なう」

 


 

「何やってんだ、バカモノ!」「心配して損した」「何飲んでるんだよ!」と皆さんから温かい罵声が寄せられたけれど、所詮飲兵衛なんてこんなもんよ。


 

さて、SANKYUでは、ちゅんさんご所望の

 

フローズンマッコリなんぞを飲みながら、揺れながらまったり。店内で流されていたラジオから、関東首都圏の全列車が止まっていると聞き、栃木から池袋に遠距離通勤している友達をとりあえず、我が家で過ごしてもらおうということにして、

 

宴会続行。 

390円の肉を頼んだら、1000円の肉がサービスで付いて来たのは、きっとお客が私らしかいなかったから。

 

栃木の友人の身柄も大山駅で、無事に確保に成功したわ。それにしても大山駅前の公衆電話の前がすごい人。
 

SANKYUで待ち合わせしてた鉄郎とも電話が通じないので、メールを送ろうとSANKYUでPCを借りて、パスワードを入れようとしたら、ハングル文字キーボードでパスワード入力が出来なくて、この日地震の次に焦ったわ。

 

全然動かない東武線を眺めつつ帰途に。

 

深夜、0時過ぎ、国際興業バスが列をなして、皆さんをおうちに運んでいたわ。急なことでバスの運転手さんも大変ね。しかもこれだけ働いてこの日の夕飯は、カップラーメン一個とか聞いた日には、応援したくなるわよね。だから、バスの運転手さんに美味しい物、腹いっぱい食べて欲しいと思って、運転手さんの奥さんに、後日米を送ってしまったわ。


こうして、私の長い3月11日は、終わったの。